3月20日(土) 広島市中区榎町にある日本料理店「酒と肴 一十」で飲んで食べる。
広島市中区榎町にある日本料理店「酒と肴 一十」で飲んで食べる。
夜に余裕が多いのは月曜日か火曜日で、わりと休日は空いているようで埋まっている。夕方に家に帰り、やることを求めてわざわざ雨に歩くのだから、今夜は暇があるらしい。
十日市の交差点からガラス越しにカウンターを眺めて、席は空いているみたいだから「酒と肴 一十」に入った。
男前の大将が一人で切り盛りしていて、女性だけに埋まる店内のカウンターに一人座らせてもらう。冷酒を注文すると三本紹介してもらい、福島の飛露喜にする。落ち着きのある口当たりから、腰の座った米の旨味が綺麗に通る。
お通しは酒盗にチーズと、春らしい風味を残したたけのこに、柔らかい豆腐だ。前菜三種盛りを注文して、待つ間に酒はどんどん進む。
暇があると人は悩むと聞いたことはあるが、たしかにそんな時こそ仕事にミスは必然と発生する。大将は手を緩めず、機敏に動きながら会話もこなしており、とても自分にはできない器用な分業が手と頭に行われている。
爽やかなきゅうりで口を締めて、いちご酢のかかったコチの昆布締めは淡泊ながら噛むごとに旨味があとから熱に溶けるようで、ホタルイカの沖漬けは濃くならず鮮度とキレがよい。
美味しいとつい追加してしまうので、名前通り華やかな口当たりの新潟の華吹雪と、名前よりも鮮度よく綺麗に味の広がる甘海老の塩辛も注文する。
やはり暇だと頭は余計なことを考えるらしい。自分以外を知る機会は酒場が多く、若い人は美味しいものを食べると、「うまっ」とか、「めっちゃうまっ、なにこれ、うまっ」みたいな言い方をすると聞いたことがあり、とある立ち呑み店でそれを隣で聞いたことがある。
流行語とかみだりに使われる言い回しは自分にとってもぬけの殻だ。使えば使うほど本質が消えそうで、古い本に登場する由緒正しい才気煥発な貴婦人は社交界に気の利いた言い回しを出しては、それを追従する貴族が喜んで鵜呑していると描かれている。それは階級の差ではなく、農民でもブルジョワでも、ヒエラルキーによって教養と品が保証されるようでも、結局なにかに飛びつく行動本能は同様で、社会階層によって違うように思えても似た追随パターンになるらしく、高い地位についているからといって芸術的な感性が優れるわけではなく、むしろまったく関係ないことが説明されている。
そんなことを考えていたわけではないが、なんとなく人の話が耳に入って自分という存在の居場所がどんどん失われているような実感をしてしまう。これは暇だから、とても暇だからこそ、わざわざありもしない己の位置を確かめるような無駄な意識を持ってしまうのだろう。
コチが美味しく、ホタルイカもとても美味しかった。そして隣のカウンターには焼かれた目刺しがとても良い香りを出していて、芝生は青く見えないが、自分の庭はもう枯れてしまったと、見えるくらい幻覚の頭が悪くなりたいと思ってしまった。
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