3月20日(土) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「オペラシアターこんにゃく座 創立50周年記念公演第一段『オペラ 森は生きている 新演出・オーケストラ版』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「オペラシアターこんにゃく座 創立50周年記念公演第一段『オペラ 森は生きている 新演出・オーケストラ版』」を観る。


原作:サムイル・マルシャーク

台本・作曲:林光

演出:眞鍋卓嗣

美術:伊藤雅子

衣装:山下和美

照明:金英秀

振付:白神ももこ

オーケストレーション:吉川和夫

指揮:寺嶋陸也

管弦楽:アンサンブルフォレ

出演:沢井栄次、北野雄一郎、彦坂仁美、島田大翼、入江茉奈、小林ゆず子、飯野薫、西田玲子、青木美左子、高岡由季、富山直人、髙野うるお


広島市民劇場で知ったオペラシアターこんにゃく座は「ネズミの涙」だけ観たことがあり、朝鮮の伝統打楽器を使ったサムルノリという音楽でのオペラ舞台は、日本語でのオペラという位置づけを考えさせる作品だった。舞台そのものは、前半は日頃の疲れと慣れない影響もあって集中できずにいて、後半は一気に引き込まれた印象があっても、ミュージカルとオペラの違いや外国語と日本語の差異などを含めて子供向けのような内容は、演劇らしい演劇を知りたかった当時の自分の的には大当たりしなかった。


それでも今回の公演に足を運んだのは、おそらく良い舞台が観れるだろうとの期待があったからだ。それが何を根拠にしているかは問題ではなく、結局違った面を疑いなく観ることができるとわかっていたからだろう。


入場前の列並びで今日の客層を思い知った。小さな子どもを連れた親子が大半で、ママ友らしく親子共知り合いに手を振っている姿が散見された。そんな中でも年輩の人達もおり、広島市民劇場を主体とする根っからの演劇好きも集まっているらしいので、以前子供向けの公演で一人自分のような男の大人が混じってやや苦しい思いをしたことはあったが、今日は仲間がいる気分だった。


「ネズミの涙」も生楽器の演奏だったが、今日は生のオーケストラにマイクを使わない音声だったので、声がやや小さく聴こえる時があったにしても、上質の音で構成されたオペラ舞台となっていた。日本語の声楽に対しての偏見がとれた今となっては、やや古風にも感じる明瞭な音節の歌いまわしは素朴でも意味がそのまま聴こえて、翻訳画面に目を奪われることなく舞台を楽しめるのは純粋に心地よいものだ。


数年前からキャンディーズが好きになり、とある店で知り合いと飲み食いしている時に「微笑がえし」が流れて、キャンディーズの何が好きか尋ねられたことがあった。「ハーモニーがいい」と答えると、「そこに注目したことなかった」と笑いの起きた事があった。


今日はそんなハーモニーへの欲を思う存分満足させられる舞台となっていて、冒頭からオーケストラの音の良さと役者の歌の質が完全に一致していた。情景を表す音楽のとっつきやすがあるものの決して安っぽくなく、クラシック音楽の歴史から細切れに抽出した要素で各場面の音楽は背景を描くことにとどまり、作曲家の個性と意匠が前に出ることなく生の音楽の持つ豊かさを奏で続けていて、管弦楽だけでなく、ピアノや打楽器もオペラ作品としての素晴らしい音色を彩っていた。


歌と歌詞は質が高くても、前半は物語の場面が分散されており、時系列も多少いじられていたので内容をつかみきれず、また昼過ぎの睡魔も合わさって集中力の切れることがあった。


ただし後半に入ると分断されていた場面は一本の線として繋がり、眠気も覚めれば各役者の声の質に注意が向くだけでなく、照明の転換の効果や、銀紙が降ってきたり花が開いたりと、やや単調と思われていた舞台の運びは演出も色合いが強くなり、演劇としての緊張感も増進していく。登場から目を奪われたそれぞれの衣装も目を瞠るものがあり、特に女王の綺羅びやかな金の細工は特別な美しさがあった。その女王もただ衣装と駄々だけでなく、鋭い問答や無慈悲な我儘などがうまく演じられていて、ただ歌うだけでなく、むすめや博士など各登場人物の個性がより人間味を増して、演劇としての表現はクライマックスにむかって一層見応えが表れてくる。


そしてやはりオペラやミュージカルのよいところは、全員の合唱など細微なハーモニーが聴けるところだろう。ようやく12人全員揃っての歌唱の色合いは各階層で調和していて、寓意の中に人として生きる大切な要素が含まれる絵本など同様に、今の時代への警鐘を持った内容は熱く歌われて幕が閉じられる。


子供向けということは、下手に誤魔化せない生きる為の真髄が必ず作品に含まれている。仮に子供向けの作品を相手にできないようなら、もはや人間失格の大人としてなにものもまともに面と向かうことのできない輩となっているだろう。


作品が扱う主題と描き方があって、そこに難しくしない音楽と歌唱に手を抜かない衣装や美術も加わり、軽妙な演出が稽古を重ねた役者を底から活かせば、それは良い舞台となる。今回のこんにゃく座は、50年の歴史が紛れもない本物の舞台を作るのだと、素直に満足させられた素敵な公演となっていた。

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