3月2日(火) 安芸郡府中町大須あるカフェ&バー「STLAB」で飲んで食べる。

安芸郡府中町大須にあるカフェ&バー「STLAB」で飲んで食べる。


電車に乗って遠くの店へ食べに行くのは珍しいことに思えてしまう。引っ越して来る前は電車との距離が近い生活だったから、飲み会に誘われて都内へ行くのは時折あることだった。広島では仕事後に電車に乗って飲みに行くのは一例以外なかったので、初めて降りる天神川駅はとても遠いようでわりと近い所だった。


「STLAB」さんは一歩入った夜の小道に自然の暗さと明るさを放っていて、目は心の鏡と聞くように、化粧などでは作れない優しく澄んだ店主さんの眼そのままの店となっていた。


楽器の存在を鮮明に分ける音質の良いスピーカーから暗く沈まないジャズが流れていて、壁に陳列された本だけでなくカウンター背面に馴染む多種な調理器具も同様に、夜と電球の姿も一緒になって特殊な空気感を打ち出している。少しでも抜かりがあれば雑多になりそうな道具類でも、使用感のある神経がどれにも繋がり、生活感とお客さんを迎える店としての構えが不思議に調和している。それはあとあと休みの少なさで納得する点だった。


まず合法な密造酒を注文すると、スモモはバラ科サクラ属らしい華やかながら色の薄くない酸味があり、白桃色は白ワインに近づく豊穣な香りを持ち、キンモクセイは空気で鼻をつくほど芳香は強くない。


海外でボトルを買い、旅行中に飲みきるにはすこし手こずったこアブサンがあるらしく、それも製造が禁止されていると思いこんでいた国産の物も置いてあるとのこと。それを次にもらうと、アニスなどような日本では定着しにくいフレーバーが60度を越えるアルコールと共に口の中に甘みたっぷり放散する。


それからメスカルもあるというので、ボトルも透けるデザインがマヤ文明らしいピラミッドを連想させる幾何学模様に誘われて注文する。これもアガベ独特の強い風味を持っていて、テキーラとは異なる野趣な個性はしっかり存在している。


食べ物は、いぶりがっこよりもスモーキーなポテトサラダ、白い脂が蒸留酒と薬味を呼び込む生ベーコン、甘さに淑やかな色気を持ったトマトソースのかかる赤ん坊のようなオムレツ、一口の噛みごたえにたっぷり汁が溢れてチーズも軽やかな煮込みトマトのオープンサンドを注文して、ドライフルーツと煎られた落花生も食べる。それから猫パスタを口にするのだが、共通して感じられるのは口当たりの強さではなく、むしろ味が抜けていると勘違いするほど淡泊な状態で、どことなく薄幸な儚さも連想してしまう。しかし味がないわけではなく、枯淡にはならない優しい食感を持ちつつ、噛めば凝縮とは異なるまっさらな仕上がりがいつまでも口の中に続く。それはパスタで最も感じた。注文から味付けの鰹節を削り、生地をこねて形を作り、機械に通して、伸ばし、伸ばし、粉を振って、伸ばし、裁断し、一本ずつ形を整えてから茹でるのだが、その行程は雑味を持たない完成として仕上がる。鰹の風味は薄衣のように淡く軽やかで、小麦がもっちりする麺はいくら噛んでも味は消えず、唾液を含んで溶けていく団子になっても変わらない。


それが「STLAB」さんなのだろう。デザートにアフォガードを注文すると、やはり苦み走るのとは違うさっぱりした風合いとなっている。ただし決して弱いわけではない。毎週のように休まない営業日と時間の長さが証明するように、気負って無理に働くことなく、自然体としての仕事が日常に混在しているように、表だった主張や力強さではなく、マイペースのままいつまでも有り続けるタフな特徴が主体となっているようだ。


こうも風通しの良い人柄と味わいは自分にはとてもないだろうと気づかせてもらったのは、来る前に横川駅の近くで立ち食いのかけうどんを口にいれ、蒸留酒から始めて逆行するように赤ワインを飲み、家に帰るまでに二度電車に乗り遅れ、北風を恐れて苛立ちそわそわしたあげく、一度会ったことのある方と広電内で真向かいになっても、まるで気づかずにこれ以上なく壁に持たれてふてくされるという浮薄なまでの落ち着きのなさだ。


毒気を持たずに存在の確かさをじっくり味わわせてくれる。基本が手作りにある丁寧な日常がとてもたくましい「STLAB」さんだった。

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