2月26日(金) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・多目的スタジオで「MONO第48回公演『 アユタヤ』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・多目的スタジオで「MONO第48回公演『 アユタヤ』」を観る。


作・演出:土田英生

美術:柴田隆弘

照明:吉本有輝子

音響:堂岡俊弘

衣装:大野知英

演出助手:鎌江文子

舞台監督:青野守浩

大道具:北五美術

出演:水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、土田英生、石丸奈菜美、高橋明日香、立川茜、渡辺啓太


広島市民劇場は踏ん張って公演を続けているのでそれほどひさしぶりの観劇にはならないのだが、幕が開けてすぐに「なんで劇を観に来るのだろう」と自問した。すこし前に人から「なんで劇を観に行くの、だって大げさじゃない」のような事を言われ、その時は「劇的だから行くんですよ」みたいなことを答えたが、始まってすぐに頻繁に観る映画との差異が肉厚として感じられ、やや地味というか、視覚から受けるアナログの印象として扇情の足りない現実感が目の前にあった。


おそらく毎回そんな疑いを持っているのだろう。映画と異なり目から受ける作品世界への没入はなだらかで、いつものように作品の解説や紹介をできる限り見ることなく、目の前の時代劇らしい格好と言葉遣いから劇の基本情報をつかもうとする。すると“アユタヤ”という自分自身が持つ言葉の定義が強く醸されて、一人旅行、夜の徘徊、見知らぬタイ人男性からの誘い、承諾、宿泊、夜のカラオケクラブ、チャリンコ、約束破り、喧嘩、放置、などなど、シンガポール大学卒のトヨタ自動車アユタヤ県ロジャーナ工業団地に勤務するエリートタイ人男性は、「まこちゃん、ここはタイだよ、日本じゃないよ」と説教して、亀のように日本の文化との違いに否定を加えていた自分のバス移動の見送りを、まるで母親のように手みやげと一緒に渡してくれた。


そんな“アユタヤ”という言葉を名前に持つ劇は、次第に自分が体験したとは少し違う異人と移民による文化背景の差異が浮かびあがってくる。すると舞台装置の臨場感もより身近になってくる。切妻屋根の破風を枠に家屋は象られていて、石積みと隙間から生える草や熱帯らしくドラセナの仲間のようにまっすぐ大きく葉を広げる植物もある。小道具も細かい質感を持っており、大小の椀だけでなく、門の足下に配置された日常品も本物らしい風情を作り上げている。


前半早々に劇世界のまっただ中にいることができた。眠気を一切感じない物語の展開は緻密な情報量の土台が堅固としてあった。キレのある会話とユーモアが何度も笑いを引き起こすが、軽々しくならないのは時代考証が綿密に組み込まれた戯曲そのものの堅牢さがあり、もちろん方言や昔の言葉遣いをよく知らない自分ではあるが、それらしい風俗と風合いを感じさせる抑揚や流れを各役者が備え持っているからだろう。タイだけでなく、ルソン、ホイアンなどの他国の地名も出れば、パタヤという言葉も出るようで、今は同じタイ国内でもその当時はよりはっきりした地域区分を持っているように感じた。


しかし何と言っても各役者の個性と配役が一致していて、全体に無理がほとんどなく感じられた。「はあっ」や「えっ」などの言葉による会話の接続頻度が多少気になったくらいで、生き生きとした台詞と演技の流れに淀みはなく、単調さもなく、あからさまに目立った布石による回収ではなく、すんなりスムーズに物語は進んでいた。


休憩の合間にMONO創立30周記念の冊子を立ち読みして、2年前に初めて観たこの劇団の底力を思い知った。観劇が開始されて3年目の自分にとって数字の大きさだけでなく、演劇に対する意識の差を痛烈に感じとる物だった。


前に観た「はなにら」ではここまでの質を目に入れることはできなかった。ただ数字を重ねても成長することなく一定にいる場合もあるので、必ずしも時間の経過は大切ではなく、密度こそ肝心だろうとは思うものの、その両方を刻んできた礎の強さが朗らかな笑いの劇に昇華されているようで、以前よりはMONOの実体を把握することはできたようだ。


実際自分の言葉は軽々しく、劇を観終わった直後の感想としては、うるさいことを抜きに楽しかった、というのが正直なところだ。最近とある作り手さんの言葉で「自分が良いと思える物を作っているだけ」とあり、いつでも外野はその良い物に要のない言葉で汚している。


ただ楽しかった、それに芥を付け加える作業を次の日の混乱した頭で書く。きっと今の気分にこの劇を観れば、“アユタヤ”の効能はより助けになっただろう。とにかく役者それぞれの味わいが立っており、演出、美術、照明など、劇そのものを作り上げる要素を一つ一つ数えていけば、それらが総合して本物の実力を現しているのだと納得できる。年季と根性の入ったなんとも力の抜けた劇団だ。

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