2月25日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでマリー・ジルマーノス・サーバ監督の「愛を超えて、思いを胸に」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでマリー・ジルマーノス・サーバ監督の「愛を超えて、思いを胸に」を観る。


2017年 レバノン 93分 カラー・白黒 Blu-ray 日本語字幕・英語字幕


監督:マリー・ジルマーノス・サーバ


2ヶ月間にわたるここ広島市映像文化ライブラリーでの山形国際ドキュメンタリー映画祭の上映会は今日で終わり、締めくくりとなる作品を観る直前に自分は、眼鏡を家に忘れたと気がついた。


職場で眼鏡をしないのは、顔面が固定されて表情が硬くなるのを避ける為であり、あまり見える必要もなく、むしろそうでないほうがいいくらいに思っているからだ。しかし映画鑑賞となるとその正反対となり、乱視に近視の目は信号の青い人形のシルエットが二重に見えてしまうので、映画館の前の席に座っていかに視覚が情報を得るのに役立っているか思い知らされた。


記録映像を多様に用いたこの作品だから、自分の目が悪いのか、それともフィルムの状態によるのかわからないまま観ていた。画質の荒い3D映像を前にするようで、日本語訳も輪郭がぼっとして定まっていないのもあり、映画が何を物語っているのか後半までついていけなかった。それに加えて花粉症の鼻詰まりによって眠気が増し、早々と睡魔と闘い、見事に陥ってしまう。


感覚で味わう作品ではなく、明晰な頭の働きが理解を助ける内容となっているので、字幕に対しての反応の鈍さや、映像から得る情報の妨げがあるとなると、どうしても映画に遅れるというよりか、レベルの高い学校授業で早々と取り残されるようなことになる。それは音楽の基礎のない者が演奏を聞きながら楽譜を目で追うものの、自分勝手なリズムや音符の判断によって迷い込み、先を進んだ演奏がもはやどこの五線譜を奏しているのかわからずに狼狽するような気分だ。


それでも一眠りによって眼力がすこし回復したおかげと、後半のまとめに向かう描き方によって内容はすこしだけつかむことができた。


1970年代初頭のレバノンにおける労働組合の回顧を描いたこの物語は、菓子工場とタバコ農家が関連したデモやストから材料を集めて、複雑な社会闘争を問うている。その当時に作られた社会的な映像作品の引用や様々な色や質感の歴史映像も多用されながら、関わった人の証言も沈黙に時間を与えることなく答弁させており、監督の音声のないスクリプトによる意見も加わって、問題について討議し続けるジャーナリズムを持ったドキュメンタリー映画となっている。ただすべてが鮮明なジグソーパズルを描き出すピースとなっているわけではないので、本人の意図しない記憶の改竄がところどころ蝕んでおり、証言と内容が時には一致せず、同じ名前を持った女性が同一人物ではなく、別々の人間なのか、あるいは記憶違いなのかと思われるシーンがいくつかある。それらが目も頭もはっきりしない自分の理知に疑いをかけるようで、そもそもヒエラルキーと信仰の違いにパレスチナ難民なども合わさって、労働者による単純な闘争の図式だけでなく、それを支える団体や共産党も関連してきて、さあ会社を興そう、という目的に対して、資本金はいくらで、事業計画はどうで、資金の調達はどこで、働く人間は誰で、といったような活動の為の細かい要素と根回しにも話が及び、螺旋して旋回して、過去を共に闘った同士達の久しぶりの対面の中であらためて論議が熱く交わされるのだが、主張の食い違いは当然発生する。さらにその中で語られることに対して監督自身も、ここで述べられているマルクス主義には同意しない、などのスクリプトが挟まり、断固とした政治思想を持ってそれぞれが自分の意義で主張している面が提示される。とはいえデモもストももはや過去の遺物のような扱いとなり、今では何万人も集まることはなく、せいぜい何千人くらいだろうと嘆かれるシーンもある。それでいて2015年に起こった実際のデモシーンも挟まれ、一つ一つがそのまま信じられず、多面的な視点が必要だと訴えかけるように仕組まれている。ただはっきりしているのは、支配と搾取のような単純な方式を持ちながらも、迷路のような社会関係と利害がそれぞれの組合に靄を起こしており、仲間内でも農民らしい人間もいればブルジョワ出身のお嬢様による理路整然とした説得力を持った女性もいて、一部の知識層による慈善行為か、はたまた退屈しのぎによるものかわからないが、事実もがき出す方法がない生活を強いられていない余裕によって、それらの人達を代弁する欺瞞のような点も見逃せない。


結局は多様を描いた作品とくくってしまえば、浅はかなまとめになるだろう。階級闘争は食物連鎖のこの世の中では永遠に終わりを見せないが、時代時代によってその手法や熱度は変化していくことだけがなんとなく知れるようで、どうもそのような政治運動や関心には興味を持てない自分は、死から逃れられないことを諦めるように、決して解決の見えない社会問題をはなっから相手にしないというよりは、むしろ面倒くさいと思えるほど日本の現状と今の自分の生活に満足をしているのだろうと実感させる。

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