12月23日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「静かなる決闘」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒澤明監督の「静かなる決闘」を観る。


1949年(昭和24年) 大映(東京) 95分 白黒 35mm


監督:黒澤明

原作:菊田一夫

撮影:相坂操一

音楽:伊福部昭

美術:今井高一

出演:三船敏郎、中北千枝子、宮崎準之助、志村喬、三條美紀、千石規子、植村謙二郎


夜の観賞はそう変わらない、ほぼ決まった席に座る面子も同じで、まるで夜間学校の授業のような雰囲気さえある映像文化ライブラリーは三船敏郎さんを上映する。


時代物の印象を持っていると激しい作風に思い込んでしまう黒澤明監督だから、今日の作品のような派手さを欠いたドラマとなると意外な気がしてしまう。とはいえ、先週に観た「酔いどれ天使」や昔に観た「赤ひげ」などの医術を扱う作品や、「生きものの記録」のような原水爆にふれた映画にも誠実に訴えかける堅実さがあり、「七人の侍」や「用心棒」にしても弱き者を助ける話には違いない。


この作品の三船さんは太い声ではあるが幾分小さく、わずかに覇気の足りない感じがする。それは意志の弱さよりも身内に対してぶつける力が大きく、制御してはいるものの、どこかよそ見をしているような印象さえ覚えさせる。目の鋭さと端正な顔立ちによるダンディズムな存在感を出しながら、やや意志薄弱にさえ思えるおとなしさに黙っている。


梅毒を扱った作品は三浦建太郎さんの「ベルセルク」の他に知らない自分としては、スピロヘータという菌と治療薬のサルバルサンがどのような意味を持っているか知らないので、序盤から深刻な顔で感染について沈鬱な態度をみせることがわからない。気丈に振る舞ってはいるものの、面倒なことになったという事実に対しての憤りは静かにおさめられている。


ふと思い出すのが手塚治虫さんの持つ根底の作風で、「ブラック・ジャック」を主に医療従事者の目線による他人に対しての慈しみがあり、だからこそ取り返しのきかない人生の深淵を教えるような悲嘆の表現は真っ直ぐ心に届く。この作品にも軽々しく笑って済ませない真面目な態度が一定してあるので、椅子に座り考え込むシーンが表にも裏にも何度も映され、ただごとではない感染症への恐ろしさについて沈思させられる。


カメラワークや音楽の技巧はおさえつつ、演技に人間心理を込めたこの作品ではあるからこそ、クライマックスに向かう内面の吐き出しとなるシークエンスと出産場面のカタストロフィーの吸引力は黒澤明監督の手腕が無類に発揮されており、主演の三船さんだけでなく、相棒ともいえる志村さんに、「酔いどれ天使」でもラストを飾るにふさわしい薄幸の役作りが妙味を出している千石規子さんや、今にもステッキを振り回しそうな自分勝手な狂乱っぷりが板に付いている植村謙二郎さんなど、真正面から医療と正義感に向かった光と影のある作品だった。

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