9月2日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで勅使河原宏「砂の女」を観る。
広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで勅使河原宏「砂の女」を観る。
1964年(昭和39年) 勅使河原プロダクション 147分 白黒 35mm
監督:勅使河原宏
原作・脚本:安部公房
撮影:瀬川浩
音楽:武満徹
美術:平川透徹
照明:久米光男
スチール:吉岡康弘
録音:加藤一郎、奥山重之助
音響効果:森啓二
出演:岡田英次、岸田今日子、三井弘次、矢野宣、観世栄夫、関口銀三、市原清彦、西本裕行、田中保、伊藤弘子
今年の3月にも上映予定はあったが、緊急事態宣言によって観ることのできなかったこの作品は非常に楽しみにしていた分だけ残念だったので、今回鑑賞することができる嬉しさは強くあり、期待通りに味わえたすばらしい作品だった。
今までの読書経験の中で、日本の小説家で最も唸るというか、特別な傑作と思えたのがこの「砂の女」で、「榎本武揚」も良いのだが、文体ばかり着目していた自分にとって初めて着想の凄さを気づかせてもらい、一読だけだが、その印象は今でも強く残っている。
今日観た映画はそんな稀にみる上質の小説世界を細部にわたって表現しており、原作があまりにすばらしく、砂と家を現前させるのは簡単ではないので、ただの移植作品として質を落としかねない危険はあるが、そんな評価は微塵も起こらないほど作品の個性は立っている。
上映が始まると、すぐに砂という奇妙な状態にある物質の外面の美しさに虜にされる。波紋に柔らかく刻まれる砂丘をロングショットすれば、それだけで完成してしまう。荒野や沿岸などの壮大な風景と同じようにどこを撮っても絶景になる自然の造形は、ただただ光と影を明確にして、万物の源を観るようなコントラストが直截に表れている。この視覚効果は小説では決して得られない感覚であり、映画だからこその表現が冒頭から深遠なショットと編集で驚かせていく。
次に舞台セットの凄さに手汗を握ってしまった。蟻地獄のメタファーらしい砂に囲まれた家は、小説でイメージする形をこれだと与えてくれるばかりか、さらに先の実体を目の前にさせる。時折挟まれる砂の風景映像は、水分を持たない状態だからこそあり得るのに、動きはそのまま水のように動く不可思議な世界を提示していて、さらに会話の中で湿気を呼び込むというその方面に知識のある人物からすると信じられない挿話で、この作品の帰結の布石を打っている。背反する物質の状態にもコントラストがあり、それは岡田英次さんと岸田今日子さんで多くを構成されている人物世界や、一般社会の形式に載らない砂の家と偶像だけのような都会との対蹠として関係がつながっている。
岸田さんは登場の振り向き様の顔からしてこの作品にぴったりあり、ある種の痴呆を持った女性らしい人の良さが最初から表れていて、それは一緒にいれば必然睦み合う男女の関係らしくなる後半になっても、思いやりは変わらずにある。変化は明瞭となり、きつい労働にも耐えられる気丈な面も表れるが、近くに男性がいることの心強さは的確に演じられている。顔立ちの深い岡田さんは脂汗がよく似合い、明晰な表情で男性特有の癇癪があらわれるものの、嫌みがなく、どことなく超然とした感じが抜けきらないのは、そもそも砂漠に虫を探しにくるという社会から逃げ出す一面を持った人物だからこそ、血気盛んな社交性よりも、どこかあきらめに似た疎外感を持っていると思える。その二人の絡み合いは繰り返される近視的なズームなどで嘆美的に描かれるが、囲炉裏を囲み、ビーズの混じる砂を一緒にすくうシークエンスなどに、どこの家庭にもある情愛が微笑ましくある。
言及したいところがいくらでも浮かんでくるこの作品は、この物語ながら約2時間半という長さを退屈にせず、執拗なズームや仮面をもった村人の見せ物シーンなど、やや長い尺で撮られる点もあるが、長い回しに細かいカットの連続など、カメラワークはあらゆる起伏に富んでおり、音楽も日本の伝統を汲んだ前衛として適所に割り当てられていて、およそすべてが見応えあると思われる突出した作品となっている。
ただ、最近映画を観ていて思うのは、知るという喜びの基本を求めての映画鑑賞にとどまることなく、その先の想像するという行為に自分を置けば、この作品はいかに変貌するだろうか。このままで良いという決定的な評価はあるだろうが、描写も配役もどのように変えられるだろうか。それがほとんどできないほどに、この映画は小説とは異なる表現形式を完璧に貫いている。
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