7月29日(水) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒木和雄監督の「紙屋悦子の青春」を観る。
広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーで黒木和雄監督の「紙屋悦子の青春」を観る。
2006年(平成18年) バンダイビジュアル、アドギア、テレビ朝日、ワコー、パル企画 113分 カラー 35mm
監督:黒木和雄
原作:松田正隆
脚本:黒木和雄、山田英樹
音楽:松村禎三
美術監督:木村威夫
撮影:川上皓市
照明:尾下栄治
録音:久保田幸雄
美術:安宅紀史
編集:奥原好幸
出演:原田知世、永瀬正敏、松岡俊介、本上まなみ、小林薫
この監督は「美しい夏キリシマ」を観たことがあり、古い日本映画ばかりに価値を置いていた時期に、21世紀に作られたこの作品の新鮮さを前にして、自分の浅薄な経験と偏狭な考えを刷新する現今作品への明るい展望を与えてもらった。
今日観た作品はそのあやふやな記憶が確かとなって、楽しみに待っていた映画だ。上映開始後に入場して、老いた登場人物の原田知世さんと永瀬正敏さんの二人並ぶ姿を観ていると、なかなか作品世界に入ることができなかった。長いカットはほとんど固定されていて、台詞は同じ内容を繰り返すようで先に進む気配を感じることもできず、ただ画面が流れていた。声の若さが残る原田さんの顰みは老年らしいが、どこかしら嘘くさいリズムがあり、劇や映画らしい演技よりも、多少アドリブに思える浮ついた空気が宿っていた。
それからも長いカメラ回しが続き、食事中のやりとりには日常らしさが描かれているものの、こちらはあくまで映画作品を観る姿勢が保たれているので、どこまでも続くような空気の中に会話の間や表情の変化を盗み観る体勢が授けられてしまい、そう意図することなく事細かな変化を観察することを余儀なくされるようだった。それほどにスクリーンは束縛されていた。
登場人物は限られているので役者の演技の質を問われる作品となっており、本上まなみさんにはアクが足りず、綺麗ではあるが汚れを持った生活感が乏しく、夫役である小林薫さんに比べるとありきたりらしい動作となり、演技の中に迫りくる強さがみられない。ただ、だからこその演出と思えるみずみずしさがあり、戦時中ではあるが現代の人間の性情が移されているようで、古典戯曲にスーツ姿で演出されるようなアイデアを疑ってしまった。それはより巧みな演技力を持つように思われる原田さんや長瀬さんも同様だが、ふとした瞬間の笑顔などは、脚本なく進められたのではないかと思われるほど素顔の輝かしさがあり、食事場面ばかりにやや疑問を覚えていたが、途中から優しさを素直に受け止められるように、時間と空気をまざまざと感じられるこの作品の心が好意的に伝わってきた。
クセのないやりとりには笑みのこぼれる勘違いくらいなもので、ひっぱたく余裕などないくらい画面には人物がみなぎっている。子供の関係のようで、純粋な愛情が伝わるのは家族も知人も同じとしてあり、戦時中の食の欠乏や空襲の恐怖は会話中に存在するだけで、視覚として惨たらしく提示されることはない。
桜が象徴するように、この映画は追憶が美化されていた。この監督の別の映画が特別な立ち位置を用意していたらしく、挑むような見地を持っていた自分の過ちが途中から薄れていた。
ただただ、素敵な原田さんを慈しむ作品なのかもしれない。
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