7月15日(水) 広島市中区鉄砲町にあるワインバー「ポルコ」で飲んで食べる。

7月15日(水)


広島市中区鉄砲町にあるワインバル「ポルコ」で飲んで食べる。


「ポルコ」さんは、テイクアウトがやってきて癇癪を起こした店だ。腹一杯の時にたくさんのおいしい餃子を前にして、存分に味わえないと拗ねた。これが普通の味だったなら、いきり立つこともなかった。


ワインがおいしいと聞いていたものの、その時の記憶のせいか食にばかり目が向いていたので、退勤後の腹の空いた状態で店へ行った。ただ、二日酔いがこの日の体調を縛っていて、飲む気がやや減退していたのは、これまたテイクアウトの餃子のような失敗のように思えた。


隣に座ったのは自分よりもずっと体調の優れない妻で、「電源が入っていない」と何度か口にした通り、こんにゃくのようにたれている。昨日とは対照的に口数は少なく、静かに大人の雰囲気で過ごしているように見えないこともないが、むしろ痴呆状態のまま倦怠期を迎えた老夫婦のように視線が止まっていた。


それでも食欲だけはとまらない。午前はあれほどひねくれていた腹も大欲となり、炭水化物をやけに欲してしまう。黒板を目にしてまず止まったのが、クロックムッシュで、それを隣人に告げると、順序があまり良くないと批判されるが、実際はそうでもないらしい。サラダとペンネを注文してから、哀れみを覚えてくれたか、クロックムッシュも一緒に頼んでもらえる。


ワインはフランスの白をまず選ぶと、琥珀色がグラスに注がれた。日本酒も同様だが、とにかく名前を覚えられない。銘柄やエチケットを見ても覚えられず、もちろん産地や酒蔵も頭に入らない。空港の名前や国旗を覚えられないのは、国民の祝日がいまだよくわからないのと同じように興味の度合いによるにしても、酒となると、最初からその数の多さに諦めているのかもしれない。ただ、ニュージーランドやオーストラリアをこの日は飲み、重さよりも、それぞれ明瞭となっている個性ある風味をなんとなく感じるのみだった。


鰹節が存分に効いたサラダに食欲を底上げされると、ソースのおいしいクロックムッシュを食べさせてもらえる。それから豚ミンチとラッキョウの台湾風炒めのペンネを口にすると、ナンプラーらしい旨味と甘みがあの時の餃子のタレを思い出させ、クミンの強いキャロットラペのあとに食感と甘みが新鮮な体験となったコリンキーに付いていたピンクペッパーを噛んで、テイクアウトで食べた強烈な風味も蘇ってきた。


身の繊維が気持ち良い和牛ホホ肉を食し、旨味の染み込んだあっさりした煮汁を飲み干して完食する。昨日ピアスの話があったからだろうか、店主さんに耳の穴について関心を持ってもらった。そんなことは十何年振りだろうか、ついつい修学旅行で沖縄へ行った時に、砂浜に転がっていた珊瑚の棒を試しに突っ込んでみたという話を漏らしてしまった。


大いに賑わって飲んで食べるよりも、食欲を満たすことに向かうばかりで、体の重さが酒を無意識に避けようとしていた。またひどく酔っ払ってしまうのでは、そう考えていると遠慮がちに席に座っているようで、冴えない目と口と表情に沈潜している気がした。


帰宅の途中に用を済ませるべくシャレオに降りると、ピアノに座って女性がドビュッシーの「月の光」らしき曲を弾き始めた。この生の音がやけに染みたのは、おそらく状態が望むところだろう。


家で酔いは冷めていったが、やはり勿体ないと思ってしまう今日の訪店だったので、どんなことにしろ存分に感受して味わいたいなら、体調を整えていかないと。物事のタイミングを反省して、次の訪れを冷静に考える。

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