3月24日(火) 台東区松が谷にある合同会社「TAKEO」が輸入販売している幼虫ミックスとバッタ目ミックスを食べる。

台東区松が谷にある合同会社「TAKEO」が輸入販売している幼虫ミックスとバッタ目ミックスを食べる。


妻がお客さんからいただいたという虫を食べる。昨年だったか、広島市内のとある場所で、たしかコオロギラーメンなるものが提供されて、ラジオでもその話を聞いたことがあった。それはコオロギをダシにスープを作ったか、詳しい話はわからないが、そんなようだった気がする。


テレビのクイズでも昆虫スナックがあったような気がする。トレンドなのだろう。ホワイトチアシードやキヌアなどのスーパーフードのように、自分の働いている会社でも取り扱わないだろうか。


この昆虫スナックで妻の店は賑わったと昨年聞いた気がする。どうも記憶がはっきりせず、なにもかもそんな気がするようだ。


それでも自分が昆虫を初めて食べた記憶ははっきりしている。15年以上前のバンコクだ。たしか国王の誕生日で祭りのように街中が盛りあがっていて、にわか雨に濡れたあと、屋台で虫を見つけて一緒にいた日本人と試し食いしたのだ。蟻はパクチーや青ねぎだったか、薬味と一緒に唐辛子やナンプラー、レモンなどもミックスされていて、蟻そのものはそれらしい酸味があったような気がするが、他の味わいに誤魔化されていてよくわからなかったが、わりといける味だった。バッタやサソリは食べておらず、なぜかゲンゴロウに手を出した。飴玉のようにまん丸で、あんこ玉のように甘みが詰まっているとでも思ったのだろうか、食べてすぐに後悔した。初めて味わうには虫特有の風味が強く、むあっと、エグいというか、とにかく臭みが口全体に広がった。それが素揚げだけで何も調味料がかかっていなかったものだから、素材そのものが遠慮なく膨らんできた。それだけならまだ良かったのだが、あの頑丈な甲虫らしい鎧に覆われた翅が口の中にいつまでも残り、歯ざわりがとても悪かった。そこでやめておけばいいものを、もっとも困難であろうタガメに手を出して、いや、口を出してしまった。日本では希少な水生カメムシが、無残なほど素揚げされてごろごろ転がっているのを見て、これは食べておかないといけない、そんな義務感があったのだろう。見た目通り、草のような苦味というか、臭みを持った血の気のない昆虫の風味が巨大に膨れあがり、ものすごい後悔した。ゲンゴロウの数倍ある屈強な体躯はカチカチしていて、さらに食感が悪く、吐き出したくなるほどに個性が強かった。


こんな経験があるから、どうも虫は苦手だ、とはならない。メキシコでもバッタを食べた。味付けはタイの蟻とは異なり、塩味と酸味が効いていて、なかなかおいしいのだ。


ふと思うのは、昔は好き嫌いの激しかった自分は、トマト、ピーマン、ナス、ほうれんそうなどの野菜が食べられず、生魚は全部受け付けず、牡蠣やレバーも口にできなかった。それらはいわば、虫を食べるのとほぼ同じように、自分の経験の外にあるもので、あの食材それぞれが持つ特有の臭いだけで吐き気がするほどだった。それはいわば好奇心の欠如による外界からの刺激に対する無盲目な防御であり、勇気の欠如による一切の拒絶なのだろう。干ぴょうを食べられるようになった頃、魚ののった寿司は一切無視して干ぴょうらしい巻きずしに手をだすと、どうも間違えてしまい、マグロの赤身だったことがある。その時の驚きと言えば、柔らかく生々しい食感が歯に刺さり、ものすごい臭みが口に広がっていき、すぐに吐き出し、こんなところにマグロを置くなとひどい怒りを母親に向けた記憶がある。これは虫を食べるよりも得体の知れない存在を食するようで、その衝撃はまったく未知からの攻撃であって、こんなものは絶対に食べられないと、自分の好みは間違っていないと証明されたようだった。


そんな嫌いな食べ物のすべては、今では美味しく食べられるようになったのだから、人間は変わるものだ。要するに、虫に対してもこのような変化が起きるだろうと、バンコクの印象があろうとも好奇心を持って迎えることができるわけだ。そもそも、最初から好意的に思えるものばかりではない、音楽や映画など、芸術や人間に対しても、第一印象でつかめないということは、自分の経験の内にない存在に出会ったという証拠で、新たな体験や価値観を手に入れることができるとも言うことができる。


そんなわけで今の自分がバッタを食べれば、バッタ臭いという印象がまず脳に刺激がくるも、これは煮干しのような存在であって、この風味に慣れれば病みつきになるとまではいわないが、日常として食べられる風味であることがわかる。塩で少し味付けされているのがうまく、油のきれも悪くないから、さくさくと手は進む。見た目を苦手にしたくなるが、魚も同じだろう。それに、手に持って、見ずに食べればわからない。


バッタやコオロギに比べると、幼虫はよりオイリーなコクがあり、臭みはやはりあるが、ナッツのような味わいがある。どちらの虫もパッケージの裏に「昆虫は甲殻類(エビ・カニ)等と非常に近い生物です──」と書かれているとおり、食感は乾燥したエビに似ており、ふと思い出すのが、熱帯魚の餌でクリルというオキアミを乾燥させたものがあり、同級生が口にしていたのを真似て食べたことがあるのだが、その食感と臭みに似ているのだ。これはダシに使われるような強い風味を持っているということであり、素晴らしい香りといわれる竜涎香や麝香なども、慣れない人間がそれを嗅げば臭くてたまらないものだろう。持っている存在の強さがそうであって、それくらいのアクがあってこそ、他に訴える力を備えているということになるのだろう。


普段口にする食材にはない生物としての特徴的な風味は、くせがあって悪くないだろう。まだ序の口の味覚において、この風味がどのような味わいを持っているのかはわからない。おそらく、繰り返し食べることで見えてくるのだろう。


そんなわけで、もらった昆虫をピスタチオのように一度に食べ尽くすのではなく、ちびりちびりと毎日食べて、味覚がどのように変化していくのかを試してみようと思う。そしていつかまた、あのドリアンのような虫の王様のタガメに噛み付いてやりたい。

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