11月16日(土) 広島市西区草津南にある109シネマズ広島で「METライブビューイング2019-2020 第1作プッチーニ『トゥーランドット』」を観る。

広島市西区草津南にある109シネマズ広島で「METライブビューイング2019-2020 第1作プッチーニ『トゥーランドット』」を観る。


指揮:ヤニック・ネゼ=セガン

演出:フランコ・ゼフィレッリ

出演:クリスティーン・ガーキー、ユシフ・エイヴァゾフ、エレオノーラ・ブラット、ジェイムズ・モリス


待ちに待ったという言葉通り、ようやくMETライブビューイングの新シーズンが始まった。それも全幕通してちゃんと観たいと思っていた「トゥーランドット」からで、指揮は音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンだ。新国立劇場だっただろうか、この作品は10年以上前にNHKのテレビで観て、オペラのよさがわからず、その後も当分は楽しめなかった中でも面白かったと記憶しており、第3幕のテノールの有名なアリアよりも、第1幕のピン、ポン、パンが印象に残っていた。その頃の自分がどうして楽しめたのかは何となくわかり、耳になじみやすい中華風の旋律に、派手なオーケストラと、合唱が多くあったからだろう。


その印象は今日観てさらにはっきりした。あくまで外国人の想像による中国の物語は、千夜一夜のようにおとぎ話のような空想の話であって、モローの絵画のように様々な異国の要素が混在している。その中で生と死、勇気と恐怖、夜と夜明け、眠りと目覚めなどの要素が決然としたコントラストを持ち、登場するキャラクターも複雑な性格像よりも、表面と内面の位置関係が見やすく、気軽に楽しめる作品となっている。扇情的なアリアと壮大な合唱も同様に対比できる形に置かれていて、神経疲れするような場面は多くなく、集中力を要するもそれは夜明けを待ち続ける暗い物語の中の光を探すようで、悲しい話はあるが、命ある未来へと向かう内容になっている。


上映中に何度か伝説的な演出として紹介されていて、フランコ・ゼフィレッリというイタリア人演出家のドキュメンタリーが幕間に流れていた。実際に観て終われば、驚くべき舞台となっていて、十二神将像などに見られる古代中国の鎧をまとった人物が仮面をかぶり、袖の長い宮廷女が物憂げらしく優雅に舞い、長い触角のような頭飾りをつけて色の扇子を揺らしたりと、中国の文化要素が見事に抽出されて調和されている。これが有名なイタリア人演出家の解釈で、暗転時の恐るべき早さの舞台転換の妙や、巧緻の極まる透かし彫りの装置に、眠らずに夜明けを待つ北京の街の遠い明かりなど、空想と本物が混在した優美な世界が現出されている。


巨大でありながら繊細にプッチーニの音楽は幅を広く奏されていて、第1幕の開けから余裕や勿体ぶりなどなく、一気に音楽世界へと突入される。細かい解釈と味わいに欠ける作品ともみることはできるだろうが、三島由紀夫の「潮騒」に見るような明確な物語は直接心にぶつかってくる。命を賭して愛を得る物語は勇気が横溢していて、大きな愛の為に犠牲となるリューのアリアは第1幕から涙腺を遠慮なく刺激してくる。ところどころ胸を打つ台詞があり、王子にほほえみかけられたから、とこぼすリューの言葉は、愛はそんな些細な瞬間で世界よりも大きくなることを教えてくれる。有名なファッション雑誌の編集長へのインタビュー映像に、人に会ったらまずどこを見るという質問に、笑顔、と答えていたのが思い出される。


50分に満たない幕が3つと、それほど長くない作品のなかで、第1幕の首切り役人の登場の音楽、諧謔的なピン、ポン、パンの説得、愛の為に命を賭けることを決める場面の重唱が良く、無謀な挑戦への表明に、人生は美しい、とこぼすピン、ポン、パンの台詞など、演じる者の裏の顔がのぞかれ、それは第2幕の故郷への感慨深い三重唱につながる。第2幕のトゥーラン・ドットの登場と圧倒的な存在感や、第3幕のリューの死など、METらしく歌唱だけでない優れた演技力は当たり前の質として底を抜けていた。


持っていた印象を刷新する今回のトゥーラン・ドットは、生きる人間に対しての見本を呈示してくれる真率な作品だった。愛と勇気、それだけ並べれば陳腐に見えるかもしれないが、崇高な人間に備わる要素は、心底の感動を溢れさせるものがある。

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