11月7日(木) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでモーリス・ピアラ監督の「私たちは一緒に年をとることはない」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでモーリス・ピアラ監督の「私たちは一緒に年をとることはない」を観る。


1972年 フランス、イタリア 107分 カラー デジタル


監督:モーリス・ピアラ

脚本:ティト・カプリ、モーリス・ピアラ

撮影:ルチアーノ・トヴォリ

出演:ジャン・ヤンヌ、マルレーヌ・ジョベール、マシャ・メリル、クリスティーヌ・ファブレガ、モーリス・リシュ


ヘミングウェイの「日はまた昇る」を読んで初めて小説の味わいが少しわかった気がしたのは、理解し難い登場人物に出会ったからで、ドストエフスキーの「罪と罰」を読んで自分の経験と常識など無に近いと思われたのは、強烈な個性の人々が図々しく生きていたからだ。


文学でも映画でも、物語の描かれる作品に触れる素晴らしさは、狭い範囲で平凡に生きていては出会えない素敵な人間達を目にすることができることだ。交友関係の広い人ならば様々な付き合いで世情に慣れるだろうが、そうでない人は個性的な人物を知らず、また知ったところでその特異な味わいが、変わった人という拒否で見向きされないこともある。


この作品を観ていて、芸能人の不倫のニュースに飛びついて文句を散らす市井の人々が頭に浮かんだ。男と女が一緒にいては、喧嘩して別れると言い、次のショットで再び一緒にいて、酷く罵倒されて帰ると言うも、結局帰らずに一緒になる、このような繰り返しが執拗に続く物語だ。別れてしまえばいいのに、と言い放つような人にとっては、この不可解な男女のやりとりが焦れったく、我慢ならないものに見えるだろう。行け、早く出て行けと、乱暴に女性を突き飛ばすくせに、その女を迎えに行く、この逆も然りの関係は、倫理や理屈を持ち出せばさっぱり理解できないだろう。


おそらく20年昔の自分だったら、ひどくつまらない映画作品だと思ったに違いない。しかし40年にもう少しで届く齢まで生きていれば、それなりの経験を積むわけで、自分の妻に頼んで不倫相手である女の動向を探りに生かせる荒業を、すんなりと飲み込めてしまう。何がどうこうではなく、わかってしまうのだ。


登場人物を写すカメラの遠くには、撮影風景を眺めるような人がちらほらしている。こういう画面を昔に観たことはあるのかもしれないが、気づくことはできず、社会の日常の中に作品を忍ばせたショットの効果に今は目を向けられる。作られた美しい構図よりも、人間関係の生々しさと日常の空気を捉えた編集があり、暴力的なセリフなどから芝居もよりアドリブらしい生成がある。それはどんな形にも成り代わる愛を表現する血肉の通ったぶつかり合いと同調しているように思える。


洗練された無駄のない映画作品よりも、誰の暮らしにも存在するある種のだらしなさをうまく掘り出した痴話だろう。だからこそ演歌にでもなりそうな愛の関係が滑稽なほど描かれている。


すっきり別れる愛もすがすがしくてよいが、目も当てられないほど卑屈で、しつこく、どうしようもなく情けない姿も悪いものではない。それは単に、愛の形なのだ。そもそも、綺麗な形で存在するほうが珍しく、理性も道理も持たない本能が高度に発達したからこそ、他人から見ればみっともない関係が生まれるのだろう。


ジャン・ヤンヌとマルレーヌ・ジョベールの輝かしい演技で男女の不変の真実を観ることができる。愛、それは全てを納得させる唯一無二の言い訳で、この為に男女はくどくどと言葉を交わし、喧嘩して、泣き別れる。


不倫のニュースに対して、関係ない自分は非難することはない。結果は抜きにして、それよりも、厄介な感情に取り憑かれてしまって、残念で、おめでとう、という気持ちになる。当の本人も、周囲もたまったものではないが、その感情は生きている限り何よりも尊ぶべきもので、素晴らしい思い出を生む代わりのない時間と関係なのだ。


海と波の露光にさらされる画面が、この監督の輝かしい記憶を象徴しているようで、人間そのものを観るのが、小説でも映画でも、根本の味わい方だと思い出された。

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