11月2日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでジェック・ベッケル監督の「怪盗ルパン」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでジェック・ベッケル監督の「怪盗ルパン」を観る。


1957年 フランス 104分 カラー デジタル


監督:ジャック・ベッケル

原作:モーリス・ルブラン

脚色:ジャック・ベッケル 、 アルベール・シモナン

撮影:エドモン・セシャン

音楽:ジャン・ジャック・グリュネンワルド

美術:リノ・モンデリニ

出演:O・E・ハッセ、ロベール・ラムール。リゼロッテ・プルファー、アンリ・ロラン、ルノー・マリー、ユゲット・ユー、ジョルジュ・シャマラ


アニメによる三世の方から親しんできたので、今になって元となったお祖父さんの物語を観ることができた。


何かを盗むという息の詰まるシーンを想像していたが、昨日の「抵抗─死刑囚の手記より─」のほうがずっとスリリングに描かれていた。怪盗という言葉が重要なのだろう、人の集まる夜会ではガス燈の落ちた暗がりの中で大胆に絵をはずして外に待つ人間にフリスビーのように投げて渡したり、宝石で凝られた装飾を「とらんぷ譚」でもあったように壁際の引き出しにしまい、隣の部屋から空いた穴を通して抜き取ったり、人のいない間にこっそり金庫から金を奪ったりと、巧妙な腕前と言うよりも稚拙なほど平凡な盗み具合で、まるで緊張感はなく、だからこそ余裕のある人物像は浮き彫りになるのだが、現実離れした諧謔的な演出はオペラ・コミックのような軽さで、どっしりした作風とは遠く離れている。


音楽も各シーンに合わせて有名な作曲家の特徴をつまんで表したようで、ドイツ皇帝の別荘が映されるシーンではワーグナーらしい金管楽器の響きで説明され、アルセーヌ・ルパンが飄々とする時にはデュカスらしい人を小馬鹿にしたような軽快なステップが流れる。


一見すると物語はリアリズムらしい中身がなく、教養よりも外見的な審美眼しか持たない貴族の暇を埋め合わせるような娯楽要素の固まりだ。だからこそこの作品はファッション・ショーを観るような豪華な衣装と舞台が何よりも見ものとなっている。デジタル化の際に映像は綺麗にされたのだろうか、はっきりした画面に色は鮮やかに発色しており、アスファルト舗装されていないパリの小道にロバが荷を運ぶ姿や、鳥打帽をかぶる子供たちがいたりと、その当時の風景がモノクロとは異なった生彩を持っている。


散髪屋でうっかり手錠をかけられるシーンでは、まわりにいる多くの知人との和んだやりとりでパリ特有の社交世界の一端が見られるようで、アンドレ・ラロシュという名で呼ばれるルパンがここでは非常な饒舌家となって動き回り知己を使って疑いを晴らすのだが、ここに「失われた時を求めて」で見るようなダンディズムが喚起されて、シャルリュス男爵のモデルとなったモンテスキュー伯が言葉を連射しているような想像が貼りつけられた。


他にはイギリスで存在しているのだろうか。パリの貴族やブルジョアが持っていそうな形式的なスノビズムの香りをそれとなく嗅げて、外面や儀礼の凝り固まりによる実像の希薄さも感じられる。しかしそんな仮装世界は華やかで虚しいものであろうと、やはりエレガントな衣装や勿体ぶった表情や動きの美しさは、それはそれでとても味わい深いものがある。それに実際は、人間の機微が端々に表れているのだ。


ある人にとっては鼻持ちならない、気取った映画作品だろう。それがとても悪くなかった。

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