10月11日(金) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第394回プレミアム定期演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団第394回プレミアム定期演奏会」を聴く。


指揮:リオ・クオクマン

ヴァイオリン:サラ・チャン

コンサートマスター:佐久間総一


シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調

ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調


シベリウスは、囁く繊細なオーケストラのヴァイオリンから入り、ゆったりしたテンポで始まっていく。それは細部まで綿密に表現したことによる膨張した遅さではなく、行き過ぎない程度にニュアンスを表しながら大きさを保つようだった。ゲルギエフに招かれてマリンスキー劇場で振ったことがあるという経歴を証明するように、ロシアの楽曲や指揮者から見いだされる広大な大地からの呼吸のようなうねりがオーケストラなかで息巻いている。それは日本人の指揮者からはあまり感じたことのない、根を引っこ抜くようなスケールの大きい音楽で、甘美とか細微というよりも、太い筆でべろっと描くような雄渾な形があり、協奏曲ということで大きく鳴らす箇所は多くはないが、静かにしていても邪魔にならない存在感がソリストと一緒にあった。


サラ・チャンさんは単に上手ではなく、技巧の幅が遙かに広くて濃厚な、卓抜した技術のヴァイオリンだった。近頃見たヴァイオリストの中でも優れて表現力が高く、1から100へと音が飛躍する箇所があるならば、その瞬発力は極めて高く早く、その瞬時の中に様々なニュアンスを注ぐことのできる特別な能力を持っているように思えた。まるで何かの漫画のように、時を止めて、まわりが動かない間に自分だけ密かな細工ができるように、他の人にはできないであろう音の表現が散見された。ただ高い技術でその動きをこなすのではなく、例えば1メートルの垂直ジャンプをして高いところにタッチできるだけではなく、軽々飛びながら、タッチした箇所に早業で優れたスケッチをしたり、艶やかな香りのする色を振りまいたりできるような感じだった。そういうことのできる技術があるだけでなく、経験と修羅場の繰り返しによって生まれたような暖かみのある低音に、すっきりして綺麗な和音や、限りなく鳥の声のように澄んだ高音部など、一つの音への純粋な表現が明瞭に見えてとれる。ぼやけたところがなく、様々な技巧の出し物を楽しめるだけでなく、余裕が生み出す集中力の中で心に伝わる旋律が生み出され続けていた。


ラフマニノフは、以前はたびたび音源で聴いていたが、ここ数年は聴くことのなかった曲で、その時の印象から、第2楽章や第3楽章の馴染みやすい旋律以外は、演奏時間が長く、退屈な部分が多くあった。それは今日の演奏を聴いてもそれほど間違っていないと思ったが、ところどころに優れて印象に残る箇所もわりとあり、そこを生の演奏で聴いていると、叙情性の強いラフマニノフの不器用な特徴が大きくプラスと鳴って響いていた。それはリオ・クオクマンさんの腕前によるもので、シベリウスでも感じたうねりが、さらに強く混ぜられて大きく歌うようになり、弦のフレージングの魅力的な声が全楽章を貫いていて、たしかに長ったらしい曲ではあるが、その間に目を瞠る美点が見事に引き出されていた。フィラデルフィア管でヤニック・ネゼ=セガンの下で副指揮をしていたという経歴を思い出し、METのライブビューイングでの指揮を思いだした。このようにラフマニノフの持つ繊細な心と混在する鷹揚な点をうまく引き出し、ロシアの大地らしい図太い足取りをこうも素朴な美しさに昇華する能力は、才能はもちろんのこと、薫陶を受けた指揮者の影響も大きいように感じた。


演奏後のリオ・クオクマンさんを見て、本当に一生懸命指揮をしたのがよくわかった。第1楽章の大規模な表現、第2楽章のロシアらしい疾走感、第3楽章のどこまでも上がっていく巨大な歌いまわし、第4楽章のフィナーレに向かう本物の音楽が持つ崇高な一体感、どれも渾身の集中力とエネルギーがそそぎ込まれていたのを感じ取れた。やりきった感じがありありと伝わってきて、こんな素晴らしい演奏も聴けて、なんだか指揮者さんを見ていて笑顔がとまらなかった。


普段も素晴らしいが、この日はプレミアム定期演奏会らしい、格別な演奏会だった。

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