9月29日(日) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「ひろしまオペラルネッサンス モーツァルトオペラシリーズ第3弾『魔笛』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・大ホールで「ひろしまオペラルネッサンス モーツァルトオペラシリーズ第3弾『魔笛』」を観る。


指揮:川瀬賢太郎

演出:岩田達宗

管弦楽:広島交響楽団

合唱:ひろしまオペラルネッサンス合唱団

出演:小林良子、川野貴之、砂場拓也、端山梨奈、安東省二、荒井マリ、福西仁、浦池佑佳、松平幸、黒崎朋子、奥村泰憲、下岡輝永、高橋梢、松岡由希子、丸山奈津実


最初は「斑女」で知り、次は「イドメネオ」を、そして今回の「魔笛」となる岩田達宗さん演出のオペラ観劇だ。どちらも良い思い出が残っているので、どんな演出を観られるのか楽しみだった。


幕開けから驚かされる。このモーツァルトの人気作品は、過去にフランス語の会話による映像と、ブレゲンツでの音楽祭で観たきりで、そもそもあまりこの作品を好きでないのもあってほとんど覚えていないが、こんな始まり方だったかと記憶を探るが、何も見あたらなかった。冒頭からすぐに最後へと続くのかと思わせる緊迫したシーンとなり、「イドメネオ」を思い出させる部分的な白いマスクと、古代エジプトや、中世の西洋の衣服らしき袖も裾も長い白いドレスの人々が両側の大きな扉から大勢登場して、昔流行したホラー映画の白い顔を思い出させる黒いローブがけたたましく笑い暴れて、まるで嵐の難波船に固まる人々を次々と殺害していく。一体どうなってしまうのかと、凄惨な光景に各国から報道される現実の事件を思い出してしまった。


それからも、今まで知っていた「魔笛」とはだいぶ異なると、違和感を感じたまま観ていた。歌の入らないセリフは日本語で話されて、物語はつかみやすいものの、前半からこんな台本だったかと思い出せずに、舞台世界から取り残されて過ぎていった。演劇要素の強い会話シーンは長く、歌につながるまでの間が今までに経験したことなく、過去の体験に固執しようとする感覚が初めて目の当たりにするリズムを排除しようとしていた。


さらに最近観たダンス公演やミュージカルでもあった観客席を含めた演出もあり、舞台袖だけでなく、あらゆるところから登場するのは親しみやすく、観客との距離が縮むも、やや緊張感が薄れてコメディの要素が表れたり、確固とした舞台世界の崩れを感じてしまう。それに輪をかけるように、鳥刺しが現代の若者らしい言葉遣いと反応を示すので、オペラ作品らしい異なった世界が、まるで落語に登場する人物が今の凡俗な様式をまとって現れたように、ひどく卑俗に染めてしまうようだった。それが相まって、各登場人物はあまりにも俗っ気をもって動くので、機械のように、もしくはお伽噺のように作られた音楽世界に、血肉が通うというよりも、蛇に騙されて林檎を齧り、笑いながら走り逃げて言い訳する堕落を覚えるようだった。


これが良かったのだろう。後半に入り、演出に慣れてくると、遊び心のある仕掛けと意図に馴染んできて、くそばばあぁぁ、きたねえぇぇ、などの日常生活で毛嫌いする言葉を連呼するパパゲーノに、これで間違いないと思えるようになる。くそぼうず、としつこく叫んで、酒を欲しがるごろつきの姿に、まったくパパゲーノは、と思ってしまう。そんな獣の毛が抜けたような塊に、くそ真面目の結晶のようなタミーノが合わさるから、幅は広がって面白いのだろう。


悪ふざけな脚色といっても過言でない台詞劇が増されて、コメディの要素を多く持って観客を笑わせるも、舞台装置の威厳と、東アジアからヨーロッパを経て北アフリカまで混ざったような古代の人物の衣装と、それらの巧みな動きの演出により、上等な世界はあくまで保持されていた。舞台中央と、左右上部に存在する格子窓の十字が、まるで宗教の教義ように舞台を厳格に閉鎖しているようでいて、銅版画のように描かれた太陽と月と魔法世界が、物語の想像力を大航海のように膨らませていた。


そしてタミーノとパミーナがようやく結ばれる前のくだりからの、宗教性を持った朗唱と音楽により、今までの物語はすべて解決されてしまう。これが音楽の魔力であって、ここに至るまでに、いかにくだらない話の筋で、荒唐無稽なシーンが続いていようとも、丸く収めてしまう表現の説得力が存在している。これこそが「魔笛」の魅力なのだろうか。寓意的な話は、物語を反転させて、善と悪、敵と味方の概念をせせら笑うように弄んでいるのだ。まるでモーツァルトの音楽そのものが、人間世界を風刺して遊びながら、到達すべき真理を最後に開示して、賢者へと至らせるように。だから好きなだけ遊び、好きなだけ楽しめばいいと両手を広げるように。


ラストに向かって登場する夜の女王の衣服と、武器を持って袖の広がる異様な美しさに、日本の古典芸能の持つ仮面の使い方など、やはりおとしどころは優れた演出で押さえられている。馬鹿げた物語だと、正直「魔笛」の内容は好きになれずにいたが、様々に解釈できる真理を撃ち抜いた寓意性に、遊び心を許される高い音楽と、両極端の性格に分けられた登場人物に派閥など、これをモーツァルトそのものだと形容すれば、自分の価値を貶めるだけになるだろう。


とにかく、自分の枠をはみ出した岩田さんの演出は、期待とは異なった多くの世界観を提示してくれて、この作品の深みを違った味わいで抽出してくれた。

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