9月29日(日) 広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センター・スタジオ2で「演劇企画室ベクトル第23回公演『きらめく星座-昭和オデオン堂物語-』を観る。」

広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センター・スタジオ2で「演劇企画室ベクトル第23回公演『きらめく星座-昭和オデオン堂物語-』を観る。」


脚本:井上ひさし

演出:鏑木悟道

舞台監督:田中暁弘

照明:(株)篠本照明

音響:鏑木悟道、下前田碧

装置:徳田智幸

小道具:八乃、みやはらみほ、荒木茉莉子、井上多美子

衣装:佐保子、三浦有美、福原瑞穂、吉村沙記、井上多美子、三宅めぐみ、遊川友美子

メイク:原かおり


前日に観た人からの聞き伝えは、照明がよかった、後方の席がよい、の2点だった。


昨年に観た「黒い十人の女」で演劇企画室ベクトルを初めて知るも、今回で第23回目とあるから積み重ねを感じる。数というのはアラビア数字の組み合わせでしかないのに、言葉よりもはるかに内容を持って表れる。


スタジオ2に入ると、立派な舞台装置が組み上がっている。丸いちゃぶ台や四角い電気蓄音機、後方の2つの出入り口などによる幾何学的な構図の昔の家の中には、黒く塗られていないからアップライトピアノかオルガンか判別のつかない鍵盤楽器が左端に置かれ、その足下にはなんだか見たことのある犬の磁器の人形がある。中央上部にに神棚があり、その右には3枚のプロマイド、下には低い食器棚もあるが、調度品は情報伝達と必要限度にとどめられているから、無機質にはならない清潔な生活感がある。出入り口の1つは階段となっており、横には襖もあり、舞台前面は上り框にもなっていて、人物の入退場は分散して開放的な空間を現出している。


すべてがこのスタジオにきっちりと収められていて、見事な装置だと思った。これなら中ホールでもそのまま置き換えられそうだが、スタジオのほうが舞台と客席の距離感が近い分だけ声も表情も細かく伝わるから、一体感のある空間にいることができる。


舞台が始まってすぐに、人から言われてしまった照明の効果をついつい気にしていると、照明設備のいろはは全く知らないが、素人なりに見ても細かい角度と配色の微調整が施されていて、表情に作る陰影にしても、場面の雰囲気を支配する色にしても、慎重に整備されているように思えた。


それは舞台装置から始まっている一貫した作り込みにあり、衣装も同様で、もんぺと半纏のテキスタイルは昔よりも配色が新しく彩度が高くあり、脱走兵の登場の度に職業の変わったことを知らせる身なりは、炭坑夫、胡散臭い船の乗組員、作男など、時間経過を伝えるそれぞれの服飾にも神経は張り巡らされている。


それに音楽の使われ方も同様で、自分にはわからない昭和歌謡が重要な要素として、歌われ、暗転で流れ、暗いはずの戦争の時代に生活力を与えている。それにただの飾りではないピアノが、本当にすばらしいエッセンスとして配置されていた。


要するに、総合芸術としての舞台を形作る感覚に基づいた要素にエキスが注入されていて、抜けがなかった。井上ひさしさんの脚本は、人間をこの上なく愛する下賤でないユーモアがみっちり詰まり、不正と倫理観の欠如に対する義憤も盛り込まれていて、各登場人物の朗らかさは、全く知りもしないからこそ「雨に唄えば」なんて言葉が浮かんでくるほど人生を生きている。


そして演出が、自分が演劇を観るまで思いこんでいたレッテルをそのまま貼ることのできる正当な演劇に思えた。それは市民劇場で観る演劇と同じ範疇にあり、新劇という言葉が合うのだろうか。クラシック音楽で当てはめるなら心あるロマン派の音楽のように、歪むことなく人生を歌い上げる芸術作品の香りがした。


笑顔一つ作るにしても、流派のような形式があるのか自分は知らず、判断はつかないが、演技は基本らしく内から伝わり、声は奥から発声されていて、テンポはスムーズだった。単調ではなく、だからといって揺れ幅が大きくなく、気にさせない細微な自然な流れにあるから、数回あった照明と共にシーンが一気に転換される効果は、観る側の感覚に覆いを被せるように視覚と聴覚を奪い、同時に思考力を闇に突き落としていた。


どの場も退屈にならずに、水準の高さが平行する時間を忘れていた中で、特に好みをあげると、ピアノを弾いていた杉村さんの卵の食べ方のパントマイム、天皇陛下の写真を落とす際の痛みを的確に表現したノイズ音、上海帰りの山本さんが踊る陽気なシーン、板倉さんの劇的滋味の詰まった額、そして三国連太郎さんの気がおかしくなった元軍人を思い出させた久保さんの演技、などなど、書き出さない分だけそれぞれの役者さんが良い見せ場を張っていた。


終演後は、正直な感想として、とても嬉しかった。すぐに思いつくのは、市民劇場と劇団月曜会ぐらいだろうか。こういう色合いの演劇を観れる場所がここにもあることが、素直に喜ばしかったのだ。

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