8月11日(日) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで「広島シティーオペラ第11回公演 オペラ『パリアッチ&ジャンニスキッキ』」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで「広島シティーオペラ第11回公演 オペラ『パリアッチ&ジャンニスキッキ』」を観る。


音楽監督・指揮:奥村哲也

演出:三浦安浩

管弦楽:広島シティーオペラオーケストラ

合唱:広島シティーオペラ合唱団

児童合唱:エリザベト音楽大学付属音楽学園合唱団

バレエ:小池バレエスタジオ


第一章

レオンカヴァレッロ:オペラ「道化師」


出演:上本訓久、田坂蘭子、山岸玲音、大迫和磨、下岡寛


第二章

プッチーニ:オペラ「ジャンニスキッキ」


出演:村田孝高、松村沙織、佐々木有紀、澤原行正、道田伸久、河部真里、久保里瑛子、浜田嘉生、ピタス・ジョセフ、久保幸代、ジップ・デ・グズマン、佐伯南紀、一大輔、南礼蔵


午前に観た映画も、このオペラ公演も二本立てだ。ただ少し違うのは、午後の作品はどちらも上演時間が短くない。


「道化師」の舞台装置は、鉄パイプの足場のような階段付きの長方形が左右にあり、後方に数段ついた黒に近い平たい舞台がある。中央にはダイヤ柄に劇の名が書かれた台があり、マントを着た男が劇についての口上を歌うと、エンジ色のフォントでこのオペラ作品の名が書かれた横長の幕が上がる。


第1幕は、男女の関係性をわからずに窺て観るが、次第に一人の女性にまつわる感情がもつれ合っていく。幕間に入る前には不穏な関係性が浮き彫りになり、舞台の密度は高まっていく。浮気心を知ったカニオが、悲哀を隠して笑わなければと道化役者を嘆く場面はよく声が通って感情が強く伝わってきた。それから一人ロープの長いブランコに座り、その姿にスポットライトが当たり、舞台中央に青い明かりも照らされ、ふわっと光は広がっていく。ボールが転がってきて、カニオが拾いに立ち、冒頭に登場した女性が静かに歩いてきて、代わりにブランコに座り、カニオは女性にボールを渡す。それから女性は白い布を首に巻かれる。これは何を暗示するのだろうか。


第二幕は、舞台上で劇が始まり、一気に劇的な展開は進む。村人が中央の舞台となった台を中心にして左右に尻もちを着いて座り、鉄の足場から各国の国旗が繋がれて、食卓が台の上に用意される。ピンク色の髪に黄色も混じったフリフリの衣装で、駆け落ちを計画しているネッダがその席に座る。まるでアニメキャクターのコスプレのような衣装だ。それから劇が始まり、しめやかな音楽にのせて歌うペッペ扮するアレッキーオの声は透明感があった。


このあとは、喜劇のなかに現実の問題が蛇のように入り込み、劇は重なり、暴発する。それは色事を発端とした凄惨な事件の描かれた血みどろの浮世絵を思い出させる。ここの展開の凝集と、悲惨な結末へ向かう緊迫感は、冗談が本当となり、笑えない事実であることを知って愕然とする恐ろしさがふっと浮き上がるようで、事件は一瞬で襲ってくるというこの世に存在する悲劇の瞬発力を味わうことになる。


そしてマントの男が再び現れ、喜劇の終わりを告げると、ぷつっと切れて幕が倒れた二人に落ちかかり、舞台上の観客を含めた登場人物は横倒れする。そこへ赤いロープが蜘蛛の糸のように下りてきて、幕をさげていた横の棒と交差して十字架を作り、幕は閉じる。ここに至るまでの終盤の演出は、見事な構成力があった。


前半だけでも、非常に神経と体力を奪う大きい舞台だったのに、後半にはまだ別の作品があるのかと、嬉しいのだが、贅沢だからこそ、少し複雑な気分だった。


「ジャンニスキッキ」は、音楽の入る前に諧謔的な要素が抽出された演技があり、それだけで観客はこの作品の趣に親しみを覚え、気楽になっていた。音楽に入る間合いが実に上手で、大波の返しに一気に沖へ持っていかれるように劇の世界へ引きずり込まれた。前半と同様に鉄パイプらしい足場が装置として活かされ、舞台前方の中央に白いテーブルクロスのかかった台が置かれて、その上にこの物語を生み出すきっかけとなった亡き資産家が眠り、親戚達が座って取り込む。舞台上の構図が素晴らしく、レンブラントやカラヴァッジョなどの絵画を想起させる場面が幾つも展開されていった。肩の力を抜いたプッチーニの音楽が、様々な管楽器で繰り返し奏されて、人の亡くなった悲しい場面なのに、遺産相続について厚顔に親戚一同が歌い回す。ワーグナーと異なり、オペラに聴き慣れていなかった自分が「トゥーランドット」で親しみ安さをたやすく覚えたように、プッチーニの音楽はとてもわかりやすく、耳に心地よく、そして実に器用だ。


「道化師」の演出も向かっていく展開の速度は良かったが、「ジャンニスキッキ」は演出の巧みさが何倍も光っていた。役者の動き、立ち位置、表情と歌声は優れて微細に作られていて、コメディらしく大仰ではあるのだが、細密なニュアンスで流れていた。舞台上の登場人物は少なくないのに、どれもぼやけず、憎らしいほどの生彩を一人一人が暴慢なほどに放っていて、それらを巧みに盛り上げる照明がうまく効果を出していて、かつ、プッチーニの無駄のない綺羅びやかな音楽に、対比や冗句を組み合わせた台詞が乗せられていた。その質の高さに、近くや遠くの観客が、ついつい感想をおしゃべりするほど、オペラの敷居を下げて、まるでコントでも観ているようなゆとりを作り上げていた。それに、ふと、初めて市民劇場に入会して観た劇団東演の「検察官」を思い出させた。


楽しみどころはいくらでもあったが、最も笑ってしまったのは、亡骸の片付いたテーブルにジャンニ・スキッキを一番前に親戚一同がのぼり、それぞれが動いて歌う場面で、こんなところでプッチーニは一番壮大に音楽を鳴らして、言葉は悪いが、その皮肉なまでの馬鹿さ加減が本当に良く、三浦さんもそれに乗っかるように演出しているので、イソギンチャクが踊るように役者が輝かしく躍動する光景は、まるでミラーボールに見えるほどだった。


前半は悲劇で、後半は喜劇と、わかりやすく、とても後味の良い構成だった。これが逆なら、劇場を後にする心持ちは相当に違っていただろう。歌も良かったが、各役者さんの演技に、奥村さんによるオーケストラの音色と、それに三浦さんの演出が優れて目立っていた。そして、ボールを何度も宙に投げる天使や、シャボン玉をとばす子供、フラメンコからサリーの衣装まで揃った踊り子さん達など、端役の効果も抜群に舞台空間へ表れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る