8月5日(月) 広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団2019『平和の夕べ』コンサート」を聴く。

広島市中区加古町にある広島文化学園HBGホールで「広島交響楽団2019『平和の夕べ』コンサート」を聴く。


指揮:クリスティアン・アルミンク

チェロ:スティーヴン・イッサーリス

ホルン:ハビエル・ボネ

コントラバス:エディクソン・ルイス

コンサートマスター:佐久間聡一、蔵川瑠美


細川俊夫:リートⅤ チェロ独奏と弦楽オーケストラ、打楽器、ハープのための

ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調

マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」


細川さんの曲は、意識を遠くに持っていかれるような曲調で、フルートなどの管楽器ではなく、弦楽器の独奏になると、自由に宙に描かれるような音の印象ではなく、誰かのチェロ協奏曲などで聴いたことがあると思わせる、技巧的であるも、もっと地に着いた聴きやすさがあった。初演ということであるも、弦のグリッサンドの連続による蕭殺とした音は底冷えするような静かさにあり、アルミンクさんの解釈と表現は、これで良いと思わせる和の寂寞があった。


ショスタコーヴィチは、冒頭のチェロが何か気配を窺うような雰囲気を、イッサーリスさんの目が如実に動いていて、それが音にも密接に表れていた。ロストロポーヴィッチのチェロで聴き慣れてしまうと、ドヴォルザークの曲でもそうだが、誰を聴いても音圧と息の長いフレージングが足りなく聴こえてしまう。太く、うなるように響くというよりも、明るさを持った気品のあるチェロの音色で、強く、素早いパッセージは、雄々しい圧力ではなかった。そのかわりこの曲への解釈は深いものがあり、一音一音から伝わってくるものは、疑いのない才能を隠すことなく、すべて正直に評価するからこそやや傲慢で生真面目に直言する作曲家の人物像による、極めて諧謔のこもった皮肉ばかり口にする性格が顕著に出ていた。あまりに才能が大きすぎるので、滑稽な作風にするも、深い音楽性が必ず出てしまうショスタコーヴィチを強く感じられた。


第1楽章よりも、第2楽章のモデラートから第3楽章のカデンツァが特に素晴らしく、際限なく沈んでいく瞑想のようにチェロは奏でられてから、パッションの固まりが四方八方に手足を伸ばすように、ただの技巧でない凶暴とも思える突き詰められた独奏が散々に鳴らされてから、第4楽章は猛烈に走る。その演奏姿の激しさと意識の集中は、まるで役者のようで、力一杯演じきるジャック・ブレルの姿を思い出させた。それに反して、アルミンクさんの表現と解釈は、どうもテンポが遅く、間が大きく、自分の好みではなかったので、鬼気迫る勢いはなかった。


マーラーは、自分にとっては相性の悪さとしか思えない前半のショスタコーヴィチとは異なり、何度かアルミンクさんの指揮を聴いたことはあるが、最も適合しているように思えた。第1と第2楽章には、素朴やナイーブな若さではなく、無知で向こう見ずな愛らしい若者の性質が活き活きと表れていて、疑いなく思い込みの世界だけに生きる若者が胸を張るように、聴いているこちらがあまりの眩しさに恥ずかしくなり、一緒に笑んでしまうほど生きる希望が溌剌していた。ウィーン出身だからか、細かいニュアンスを顕微鏡で確認すれば良く知れるほどに、アルミンクさの肉体はこの曲に馴染んでいるのがまざまざと感じられた。


こんなに喜びに満ちあふれた曲なのかと思いつつ、ユダヤらしい民族を想起させる第3楽章に入っても、悲痛さはなく、見れば、先ほどまでとあまり変わらない朗らかな表情で指揮していることに驚いた。この曲調にあの顔の差異は思ってもみなかった。


全般を通して細部まであくまで自然にこだわり抜かれていて、夢見心地にたゆたう第2楽章の弦の響きや、喜びの情感にあふれた第4楽章の弦のシンフォニーなど、聴いている聴衆に若さと、生きる喜びを存分に満ち与える演奏だった。また、特別客演奏者のコントラバスとホルンも、アリアを歌うような一幕を奏していた。


ブラボーが無数に飛び交った演奏会の興奮により、アンコールの曲名を確認せずに家に帰り、感想を妻に述べると、ユーチューブでクラウディオ・アバドのマーラーの1番を聴きだした。一緒にそれを見ていると、頬の痩けて精力を失ったような晩年のアバドは、今日のアルミンクさんに似ていることに驚いた。するとルツェルン祝祭管弦楽団の音楽監督がこのアバドで、同じではないが、ルツェルン交響楽団で首席指揮者だったのがアルミンクさんだから、時期は長くなくても、薫陶を受けているだろうと繋げるのは考えすぎだろうか。若々しく、喜びに溢れた表情で指揮する今は亡きアバドを観ていて、この曲から、アルミンクさんの姿から、未来ばかり映り、この「平和の夕べ」で選ばれた理由が知れるようだった。

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