8月4日(日) 広島市中区基町にあるひろしま美術館で「かこさとしの世界展」を観る。

広島市中区基町にあるひろしま美術館で「かこさとしの世界展」を観る。


朝起きて、パソコン画面を前にパンフレットを整理していたら、今日が最終日の「かこさとしの世界展」が出てきた。まだ開館時間にはなっておらず、予定があるも1時間半は空いているので、少し迷ってから、年間パスの元値を取らなければと突き動かされた。


子供向けの特別展で、最近観たオペラ「ヘンゼルとグレーテル」に来たのと似た心境だと、第1展示室の入り口に並ぶ家族を前にして思った。軽い気持ちで来たので、展示作品を前にする列には並ばず、その後ろから距離を置いて作品を観ていった。


絵本の原画にたどり着く前に、後年のムンクに少し似た筆と色遣いの自画像があり、この油彩画には、髪の毛に青と黒、顔にイエローとピンク、白地のボタンシャツに緑が混じっていた。口を閉ざした警戒心を浮かべる表情から、堀辰雄がなぜか思い出された。


芸術作品としての質を持った展示作品よりも、子供に注がれる優しい熱意のこもった絵本の原画が多かった。「カワ」、「地球」、「宇宙」など絵本は、百科事典のように刺激を与えることによって沸き出す好奇心で、想像力を育む作品にあり、じっくり読めば、大人にこそ必要な内容として、簡潔ながら、人間として生きる常識としての自然の知識が詰め込まれていた。空を見るのが嫌いではない自分にとって、「宇宙」の原画で、濃い青のグラデーションが空を描く画面に、積乱雲が上層に白く延びて雨を降らす縦の構図があり、端に、巻積雲、高積雲、があり、太陽のまわりを巻層雲が輪を作り、下層では積雲があり、中央画面のやや上には飛行機から眺めるような高い雪山がそびえていて、小さい飛行船が下層にいくつも飛んでいる。その原画に心がときめくのを感じた。海にも自由があるように、空にも開放的に描いて伸びる大きさがある。


また、ダムの建設を扱った絵本もあり、それは映画撮影で使われる構図が多く、ロングショットで曲がる夜の山道が描かれていて、外灯が道に沿って光り、道の先にはダムがあるも、前景では小さな家が明かりをこうこうと漏らして、家族が入り口で迎える姿がある。ダムの上部でサイドから切り取った構図や、ダムの完成に喜ぶ古いイラストによる中年男性の顔がズームで取られて、後景には大きな自然が広がっていたりする。


有名な絵本に、だるまちゃんシリーズがあり、「のらくろ」や赤塚不二夫の漫画の動きを想起させる描かれ方がされているも、1960年代から、2018年まで作品は継続して作られていて、“こち亀”や「キン肉マン」など、高橋留美子さん以外はどの漫画家にもみられる登場人物の造形の変遷があるように、だるまちゃんも、大豆のようにころころした丸みの体から、下部が膨れるもややスマートになり、キャップをかぶり、なんだか生気の失せたような淡い印象の絵になっていた。これが経る歳月の影響力と、時代に抗うかこさんの危機感が表れているようだった。晩年の絵本は、昔のようなはっきりとした線がなく、描かれる内容も水彩で画面がぼけるような、古くさい印象を与える。悪い言葉を使えば、呆けた老人の頭が、古き良き時代を懐かしむような頑迷さがほのかに感じられる。しかしそれは、あくまでおそらくだが、外で元気に遊ばなくなり、勉強やゲームに忙しい現代の子供達を見て、将来を危惧して、流れる不健康な時代に対抗しての表れなのだろう。だからこそ、晩年のだるまちゃんの原画は、自分にとって、痛ましさを感じてしまった。


1つだけ、自分にとって意欲的な試みにみえる作品が展示されていて、古切手でコラージュされたモナリザだ。多くは日本の切手で構成されているが、虹彩、毛髪、腕裾にはイタリアの切手が使われていて、その画面の効果は確かな質を持ち、少し離れて観ると、本物のモナリザよりも、いくぶんふくよかで、あどけなさとも、健康的とも思える微笑みにたたずんでいる。それが、子供のことを思い作品を生み出し続けた妥協なき絵本作家の性格がどうしても表れてしまったように思えた。


かこさとしさんが子供に向けて作品を生み出すようになった理由が展示会場の最初に説明されていて、詳しく読んでいないからうろ覚えになるが、小さい頃に軍人になろうとして、なれないも、終戦後に軍人になろうとした自分を後悔して、間違えない、確かな判断ができるようにと、多くの子供を思ってのことらしい。たぶん、自分の説明は正しくはないが、人の為に軍人になろうとして、人の為に絵本を書くようになった。


とにかく優しい特別展だった。

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