4月29日(月) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・オーケストラ練習場で「広島室内楽協会 第5回演奏会」を聴く。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ・オーケストラ練習場で「広島室内楽協会 第5回演奏会」を聴く。


ヴァイオリン:小島燎、北田千尋

ヴィオラ:増田喜代、永井啓子

チェロ:熊澤雅樹


シューベルト:弦楽三重奏曲 第2番 変ロ長調

コダーイ:2本のヴァイオリンとヴィオラのためのセレナーデ

ブラームス:弦楽五重奏曲 第2番 ト長調


雨脚の弱くない中、ズボンの裾を濡らしてアステールプラザへ向かう途中の本川沿いの道を、シベリウスの交響曲第3番を聴いて歩く。これから生の音楽を聴くというのに、わざわざそれほど音の良くない環境で耳の体力をすり減らすのもどうかと思うが、靄のかかった川面に幾万の雨粒が波紋を広げるのを見ながら、新装した若い緑の楠木の下を歩いて聴くのは、上質の音響機材の静かな部屋のソファでじっと聴くのと違う、映像にBGMをのせるように楽しむ自分の大好きな時間だ。


少し遅れて会場に入ると、ほぼ席は埋まっていて、前列から四番目くらいの中央だ。奏者は人の頭であまり見えない。


シューベルトは、ヴァイオリン奏者の北田さんが、柔らかく温かみがあるも、力強さのある音色でリードして、落ち着いたテンポで進む。休止が、なんだか問いかけるように使われているような気がした。


コダーイは、ろくに曲を知らないのに、その生涯だけで好きになった作曲家だ。バルトークの「管弦楽のための協奏曲」で聴かれるフレーズや和音、リズムが、このセレナーデにいくつも存在して、あれらがハンガリーの民謡からだということが決定的に判明する。ヴィオラの増田さんは堅実な演奏で、それがこの楽器らしい特徴かもしれないが、その音色を知らないのに馬頭琴だろうと思わせる分厚い音色を出し、ヴァイオリンとの和音では、一定のテンポから雄大な草原を疾駆するようで、大勢の柔らかい草葉が揺れるのか、それとも馬のたてがみとしっぽが揺れるのか、雄々しく力強い、地球上で最も広いユーラシアの大地から生まれた民族の系譜と思わせる悠久が現出されていて、そこに切れ味するどく、自由に弓を操る動きの開放的な小島さんの演奏が、伸びやかに音色を響かせる。ブラボーとは声に出さなかったが、隣の人がしかめっ面になるほど大きな拍手で、演奏から受けた喜びを伝えた。


ブラームスは、交響曲でも聴かれるエネルギーの途切れない弦の進行が、この室内楽にも随所に存在する。ブラームスを好きな特徴の一つが、深刻そうでありながらそうならず、また情熱的でありながら狂気に陥らず、静かな人間性を土台に音楽と人生への単純でない愛と逡巡が叫ばれるような、緊張感の続く心を響かせる弦の高まりがある。そんなブラームスの弦の響きに、まず自分は惹かれた。そんな一概に魅惑的と言えない美しく澄み切った弦の響きは、小島さんの素晴らしい力量に表現されて、引っ張られて、曲は進行していった。毎度思うこと、ブラームスはどうしてこうも美しいのだろう、そんないつもの感想を持たされた素晴らしい演奏だった。


広響のチェロ奏者である熊澤さんがこの広島室内楽協会の発起人だろうか。演奏後の、マイクを持っての上品で滑らかな語り口から、この演奏会についての心情が覗けるようで、おそらく、維持するのは大変なのだろうと、短絡的な同情を持ってしまった。良い演奏会だったから、次も当然聴きたい、と思ってしまうのは聴衆の身勝手だろうか。たくさんの人が足を運んでいたから、スケジュール調整などは大変でも、期待して待っている人はいるから、維持して欲しいと思ってしまう。それが客としての都合の良さだとしても。


帰りは、雨脚がさらに強くなっていた。行きと違い、いくら濡れても、もう構わない。暗くなって、明かりが目立つ本川沿いの景色に、再びシベリウスの交響曲をかけたら、聴こうと思っていた第6番ではなく、間違って第7番を流していた。より難解な曲だと思っていたけれど、少し耳慣れたらしく、音色の細部からの味わいが伝わってくる。雨の中で晴れやかな気分になるのは別に珍しくない。寒いけれど、凍えるほどの気温ではなく、たまには濡れて夜の雨の中を歩くのも悪くない。生の音楽を存分に味わったばかりだというのに、イヤホンのちっぽけな音楽と、川面で静謐に広がる世界の波紋に、耳の耐久力などなく、連休で体は元気だから、いくらだって音楽と景色に酔いしれることはできると、橋を渡りながら、車が飛ばす水飛沫に気をつけずに思うばかりだ。

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