4月13日(土) 広島市西区草津南にある109シネマズ広島でMETライブビューイングのドニゼッティのオペラ「連隊の娘」を観る。

広島市西区草津南にある109シネマズ広島にてMETライブビューイングによるドニゼッティのオペラ「連隊の娘」を観る。


ドニゼッティ:オペラ「連隊の娘」

指揮:エンリケ・マッツォーラ

演出:ロラン・ベリー

出演:プレティ・イェンデ、ハヴィエル・カマレナ、マウリツィオ・ムラーロ、ステファニー・ブライズ、キャスリン・ターナー


METライブビューイング2018-2019の全10作品のなかで、あまり期待できず、観なくてもいいかなぁ、と思った作品が1つだけあり、それが今日のこれだった。上映時間の短さに、ラブコメディと書かれた物語の説明で、深刻な物語のほうが作品の質は格上だと俗物な思い込みで決めつけていた。


劇場に来てみれば、ほら、やはり観客も少ない。前回の「カルメン」に比べれば10分の1にも満たない。それでも観てみなければわからないと、気楽な気持ちで席に座って待った。


すると、序曲から引き込まれた。親しみやすいメロディーがオーボエで響くも、軽快ながら重厚で劇的な音楽が奏され、序曲が終わった時点で画面の中の客席から大拍手が生まれる。観ている自分も納得の音楽だ。あとあと、この音楽と拍手が、この劇全体を予兆させていたのだと振り返らされる。


幕があがり、オペラ・コミックらしく、台詞を歌うレチタティーヴォはなく、音楽を伴わない無音の中での台詞が多い劇は始まる。冒頭にあった多くの舞台上の荷車が消えると、巨大なヨーロッパの地図を重ねて作られた丘と山々の舞台装置が現れる。


連隊は落ち着いた水色の軍服に、襟元が一部赤く、クラシックな雰囲気ながら洒落た雰囲気があり、軍人らしい横暴で、高圧的な感じはない。動きも「風の谷のナウシカ」の男たちのように、全体で一体となり、個性が表れる。


コメディらしく、快活で誇張された演技ながら、嫌味がなく、伸び伸びとしたそれぞれの歌声は、本当に気持ち良いくらい伸びて、高い水準の技巧に支えられながら、わかりやすく表現が伝わってくる。


コメディと聞いて、どうも避けようとする気持ちの正体は、安っぽさへの不安からだった。笑いというものが、作品を下賎で、卑俗にさせるのではないかと思いこんでいたのだ。


落語を最近聞いているのに、笑いに対して不信感を抱くのはおかしなことだ。狂言だって好んで観に行くのに。どうして今日のオペラ作品を軽んじたのだろうか。今日のオペラには仕返しされた気分だ。しかしそれは実に気分の良いしっぺ返しだ。


去年から劇を観ている自分の眼にも、台詞の多いこのオペラ・コミックの舞台が、一級の演技と空気感にあることがたやすく観て取れる。上映時間と内容の短さを、台詞の場面で巧妙に補填して、うまくボリュームを増やしている。「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷」という30年以上昔の映画に出ていた有名な女優であるキャスリン・ターナーも登場していて、歌は歌わないが、しゃがれた声と卓抜な演技で、普段のオペラとは違った舞台に味を加えている。


台詞が多いからといって、歌がなおざりになるわけではなく、9つの高音ハイCが有名らしいアリアを、ハヴィエル・カマレナが見事に歌いあげる場面などは、わかりやすいからこそ、真っ直ぐに感動させられる。誰もがわかる絵画の大作を、目の前にして目と口が勝手に開くのと同じだ。だから、そのあとは、観衆の拍手が止まらず、アンコールとなるのだが、その場面の芸術の親和力に満ちた舞台は、サッカーワールドカップの決勝で同点ゴールを決めた時に選手達が見せる表情を観るようなわかりやすくも、たやすく感情移入させられる強大な力にみなぎっている。


それでソプラノのプレティ・イェンデがかすむわけではなく、この人物も、別離の哀惜を歌い上げるアリアでは、伸びやかな歌声が悲しみへと表情を変えて、この喜劇のなかでは際立って暗い色合いで、湿っぽくではなく、しみじみと悲しませる。


そんな具合で、眠気はなく、一つ一つの場面が見応えがあり、フィナーレでの戦車の突入というこれ以上ない痛快な演出で幕は閉じる。


今期のMETライブビューイングで最も観客が楽しんだという反応にあり、自分もこれほどすっきりと劇場を出たことはなかった。


悲劇も喜劇も舞台芸術にすぎない。不安は杞憂に終わり、METの質の高さが、そのままコメディに移管され、余すところなく発揮されていた。


きっと映画でも、小説でも同じなのだろう。すべては質が決定することを思い知らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る