3月12日(火) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで「中村七之助 特別舞踊公演 2019」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ大ホールで「中村七之助 特別舞踊公演 2019」を観る。


一、芸談

中村屋ヒストリー

出演者:中村七之助、中村鶴松

司会:中村小三郎、澤村國久


ニ、汐汲

海女 苅藻:中村鶴松

作:四世鶴屋南北

振付:藤問勘祖

補綴:竹染徳太郎

作曲:桝屋五吉郎


三、隅田川千種濡事

許嫁お光、油屋娘お染、丁稚久松、土手のお六:中村七之助

猿廻夫婦 長三:中村いてう

猿廻夫婦 お作:澤村國久


たしか三代目三遊亭金馬だろうか、ユーチューブで適当に落語を聞いていると、「女の人の趣味といえば、観劇があります」、などのようなことを言っていたのを覚えている。


今日はその言葉どおり、女性30に対し、男性1ぐらいの比率で観客は埋め尽くされていた。クラシックコンサートならもっと男性が増えるし、市民劇場ならもっと庶民的になる。それに比べて今日の観客は、能楽を観るような着物姿のお品よりも、観劇のために着飾った女性客が多く、デヴィ夫人のような髪型ながら、ぴったりしたドレスには、腕を手でつかみ、肉と皮を横に引っ張ると浮き出る脂肪のような肌合いが胴回りにあらわれた人も見かけた。キラーヒールを履く脚の見事な肉付きの尻に、こんな大物が広島にいたのかと思うような人もいた。


開始してすぐに芸談が始まり、舞台上の大きな画面のスライドで写真を映しながら、司会の中村小三郎さんと中村七之助さんを主に、中村家の歴史の小話と回想をしていく。いつ芸は始まるのだろうと思っていると、一時間経ち、休憩に入った。これには驚きと落胆を覚えた。芸を観に来たのに、話で前半が終わった。中村七之助さんのファンならば貴重な時間になるだろうが、特にそういうわけではなく、めったにない広島市内での歌舞伎公演に吸い寄せられて来ただけなので、すこし騙された気分になった。


とはいえ、中村家について知ることができ、中村七之助さんという人物の話のリズム、運び方などを知れたから良いだろうと、飲み込む他なかった。


後半にようやく舞踊が始まり、まずは中村鶴松さんが映像ばかりで観たことのある女形の姿で現れる。まいったことに、こんなに優美で艶やかなものかと、期待どおり求めていたのものが形として表れて、実際の雰囲気を確かめられた。


6、7年前に、浅草で当時の市川海老蔵さんを観たことはあったが、席が舞台から遠く、鑑賞眼も持っていなかったから、それほど感嘆は覚えなかった。ところが今回の公演では、柔らかな線と、ゆらゆらするリズムに、首の角度、視線、その動き、様々な関節の向き方による姿に、古い日本の映画で観るとある演技や、落語で聴き開く江戸の雰囲気が明瞭に見て取れた。


中村七之助さんは、細い体の線に小さく端正な顔立ちに、より魅惑的な肢体で特別な役者としてあることがすぐに判別できる。今日は4役を巧みに早変わりして、決然としたその役の切り替えの上手さに、役者という言葉がこれ以上なく示された。


歌舞伎は魅力的だ。映像で観る坂東玉三郎さんは素晴らしくも、舞に多少退屈に思える瞬間が映画館であった。眼が足りないからそうで、実際に生の舞台で観たらその姿はどのような空間を描き出すだろうか。舞台でまず大切なのは、その存在感だろう。映画ではあくまで平面としてのスクリーンで観るのみで、立体的な舞台の上で存在する役者は生で聴く音楽よりも様々な効果があることを知れる。たかが腕の動き、手のひらの返し、小首のひねり、これがどれだけでも観る者を陶酔させる。


前半の芸談で不満を持っていたのが、後半の舞台でたやすくひっくり返されて、「これは安い、良い買い物だ!」などと安っぽい感想を頭に浮かべて、中村家のちょっとしたさわりを見せるだけの公演に、ずるさを覚えた。


手短に技量を見せつけられて、文句なく満足してしまうなんて、なんだか悔しさもあるくらいだ。

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