前のエピソード――３月９日（土）広島市中区基町にある広島城二の丸跡で遠櫓遥々Vol.３「鯉城de知る鷺流狂言」を観る。

広島市西区草津南にある１０９シネマズ広島で「METライブビューイング２０１８ー２０１９第７作ビゼー『カルメン』」を観る。

メトロポリタン歌劇場

指揮：ルイ・ラングレ

演出：リチャード・エア

出演：クレモンティーヌ・マルゲーヌ、ロベルト・アラーニャ、アレクサンドラ・クルジャック、アレクサンダー・ヴィノグラドフ

有名なこのオペラを実際に観れば、誰もが聴いたことのあるいくつものメロディーのその理由をすぐに知ることができる。あまりにはっきりした色合いと雰囲気をもった音楽によって、「カルメン」が先にあってそれから音楽があるのではなく、音楽が先に存在して「カルメン」というイメージを規定している。原作によって音楽が生み出されたのではなく、音楽によって「カルメン」の世界が姿を現してしまったようだ。

一度聴けばたやすく覚えられるメロディーは、実際の舞台でどのような役割を果たしているかを観ると、これほど明確に、妖しく、激しく、生命を持っているのかと驚かされる。

一際目立つ役者がいるのではなく、巨大に並び合っている舞台となると、音楽の効果はテレビのBGMやCMなんかで聴くよりもはるかに手を広げ、生々しい汗を飛び散らせる。METのライブビューイングを観て毎度思うことだが、贅の限りを尽くす、それも芸術に向かって力を注ぐ執念の結晶が今日もあった。

カルメン役のクレモンティーヌ・マルゲーヌさんは、登場した瞬間から誰もを納得させるカルメンでいる。たくましい腕、弾けんばかりの胸、見るからに腕っぷしの強そうな、一筋縄では決していかない可憐でないカルメンがいる。狭くない額から顎までのラインが整い、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの描く男性のような顔立ちの女性を思い起こさせるが、性質が異なり、ブロンドや赤髪でない、強さと優しさを備えた朧げでないダンディな美しさだ。

このクレモンティーヌ・マルゲーヌさんが幕間のインタビューで、カルメンという女性像について言及するならという質問に対して、常に答えるのが難しいと述べながら、複雑な性格は女性像そのものと答えていて、見事に腑に落ちた。

今期のライブビューイング第２作の「サムソンとデリラ」で情熱的で悲惨な役を演じていたロベルト・アラーニャさんが、品のある伸びやかな歌声でありながら、熱のこもった演技を見せていた。この人は貫禄と余裕を持ちながら、オペラへの愛情がとても伝わってくる。

アレクサンドラ・クルジャックさんは、ロベルト・アラーニャさんと夫婦で、その関係性が活かされていたのだろう、第１幕の二重唱で暖かい愛情が溌剌とする場面を作り、第３幕のアリアでは、驚くほど細かいニュアンスが推移する歌声と表情で魅せていた。幕間のインタビューで夫婦二人が揃って仲よさげにしていたのを観たから、夫婦の絆によって素晴らしい表現を体現したのだろうと思ってしまう。

ユーモアのあるセリフ回しと物語の進行は、単に音楽が良いだけでなく、劇としての上手さが詰まっている。カルメンという登場人物の造形は見事で、自由で、気ままで、頑固で、複雑な女性像が形造られていて、男性からすると不可解でしかない女性という存在そのものがとても魅力的なのだ。

カルメンを観ていると、魅力のある人物は、男女限らず、格好良さを持っていると思い至らせられる。名女優と呼ばれる昔の人には、男らしさがあると話を聞く。身近な実生活の中でも、仕事ができる女性は、柔和で大人しくても、実際の仕事ぶりはたくましく、ひるむことなく、毅然とした態度が内に存在しており、それは頼りがいを持ったある種の男らしさのようだ。

セビリアの壁を模した回り舞台が躍動感を補助し、哀愁と情熱だけでない民族的な悲哀のフラメンコが青い照明で踊られ、第４幕の闘牛士の行進は民衆の熱狂と高らかな合唱によって有名なメロディーは歌われ、豪華絢爛な衣装が張り付く尻と太股が色っぽい闘牛士の姿に、死を弄ぶからこそ、荘厳で儚さを持つこの職業の関連を想起してしまう。

セバスティアン・カスティージャのふてぶてしくも、爽やかな笑顔の姿を思い浮かべながら劇場を出る。