第2話

「枯葉と雪」

 これが僕がずっと書きたい書きたいと思いながら、ほとんど着手できていない小説のタイトルだった。この物語の着想を得たのはもう今から十年近く前になる。つまり二十歳の時からこの小説のことを毎日毎日考え続けながら生きて来た。


 主な登場人物は三人。高校生で男子が二人、女子が一人。僕はもう彼らには並々ならぬ愛着を持っていて、特に女の子に関しては、今でもそうだが、真剣に恋愛感情を抱いてしまうレベルにまで、好きになってしまっている。


 だから、愛着というよりかは愛情だ。僕が小説を書くことに執着してしまっているのは、間違いなくこの女の子せい、ということはわかっている。だって彼女を存在させるためには、小説を完成させるしか手立てがないのだから。


 ただ、最初に言ったように、この小説を書くことができないでいる。

 理由は自分でもわかっていて、その異常なまでの登場人物に対しての愛情が、反対に小説として形成させるにあたって、邪魔になっているからだった。


 この小説だけは、普通の作品として終わらせてはいけない。自分の人生を懸けて、自分の能力で書ける最高のものにしないといけない。そういった強迫観念みたいなものに捕らわれてしまっているからだ。だから、僕はこの「枯葉と雪」以外の小説だったら、それがどんな完成度かはわからないが、とりあえず書き切ることができるのだと思う。


 ただ、僕にとってそんなものを書いてもほとんど意味がなかった。でも、そういう風に自分にとって意味のないことであっても読者を喜ばせるために書くことこそが小説家の使命なのだとも思う。


 はたして、仮に僕が何らかの小説で賞を取ったとして、そういう小説を書き続けることができるんだろうか? 答えはおそらくノーだ。

 だから僕は「枯葉と雪」の舞台や登場人物を使って多数の小説を書こうと思った。これはバルザックや、フォークナーといった小説家が過去に行っていたことだ。その中でもフォークナーはもしかすると、かなり僕と近い考え方を持っていたのかもしれない。


 そうやって書かれたのが、先にも紹介した僕の唯一書き上げた小説、「八月の神様を見ると、僕は泣いてしまうんだ」だった。こうやって本筋とは関係が薄かったとしても、同じ舞台を使用した小説を書き続けていれば、よりその世界はくっきりしたものになって、より小説の登場人物たちを本当に生きているものかのように、そこに存在させることができると信じているからだ。

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生きているのが辛いんだ けんじろう @toyoken

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