生きているのが辛いんだ

けんじろう

第1話

いつからか小説家になりたいと思い続けて来た。小さい頃から空想や妄想が好きだったし、漫画やアニメ、映画だって大好きだった。だから、自分で物語を作りたいと思うのは必然みたいな性分だった。


 僕はもう三十歳になる。「空想や妄想が大好きです」とか何とか、そういう社会から外れたことを言えない年齢だ。でも、自分としては小説家にならない人生なんて考えられないし、それ以外の仕事でいくら成果を出したからって何の意味もないと思っている。


 こうやって根っからの小説家みたいなことを言っているわりに、完成させた小説は今のところ生涯で一作だけ。大体八万文字くらいの短くはないが、特別長くもない、何てことない小説だ。ただ、僕としては書き上げた時、「おいおい一体何て傑作を書いてしまったんだ、我ながら天才だな!」なんて思ったものだった。


タイトルは「八月の神様を見ると僕は泣いてしまうんだ」という仰々しいもので、内容はただのモテない男子の恋模様をねちっこく書いたという悪趣味な小説だった。

僕はその小説を賞に応募した。それが一次審査を通過した時は、本当に嬉しくて、嬉しいどころか、もう自分は小説家としてデビューするんだろう、とか早々に受賞した気分になっていた。


けれど当然そんな結果になるわけもなく、二次審査落ち。その時、何となく今までは天才だと思い続けてきた自分がいかにそのへんにいる小説家志望の気持ち悪い奴の一人でしかないことを、はっきりと自覚せざる負えなかった。


話を小説から少しずらそう。


僕は当然、働いているわけだが、こんなことを言っている割に実は結婚もしている。子供はいない。妻も僕が小説家になりたいと思い続けていることは知っているけれど、どうせ無理だろう、と思っているに違いない。正直、僕自身、きっと無理だろう、ともう諦めている。


そして、もうひとつ。こんな性分でありながら僕はそれなりに社交的だし、仕事だってそのへんの人たちよりも、よっぽどできる。できるがゆえに、周囲からは頼られるし、もちろん評価も高い。


そういう感じだから、仕事にやりがいを感じる時だって少なくなかったし、成果が出ればもちろん楽しい。時間を忘れて仕事に没頭することだってあるくらいだった。


僕は正直サラリーマンというものに向いているんだと思う。それは、時間を忘れるほど熱中して小説を書いたことがないからだ。きっと、小説家志望の人の中には、一日中小説を書き続けていたり、何作も何作も小説を完成させている人だって多いのだろう。


そして、そんな人たちでも実際に小説家になれていない人は大勢いるのだと思う。僕はそのレベルにすら達していないのに、頭の中でなりたいなりたいと連呼している。


正直、自分でも救いようのないアホだと思う。きっと、僕は五十歳になっても、六十歳になっても、同じように小説を書きたい、小説家になりたい、と思い続けて、他のことをすべて中途半端にして生きていくんだろう。

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