その8 外の世界

 私は退院してからも、変わらずに将棋に打ち込んだ。リハビリ感覚でもあった。


 そんな中、近所の街にプロ棋士が指導対局に訪れることを知った。


 退院はしたが、ハッキリ言って外には出ていなかった。これは絶好のチャンスだ。勇気を出して外に出てみよう。


 私は、そのイベントに参加することを決意した。


 しかし、病気の症状が思わしくなかった時、人混みで動悸がする、電車を見ると吸い込まれそうになる、そう言った嫌な思い出があった。


 不安はあったが外へと飛び出した。


 久しぶりの電車で隣街へ。だけど、昔みたいに電車にダイブしたいとも思わなかったし、人混みも別に平気だった。


 本当に回復しているじゃないか、偉いぞ自分。


 私は問題なくイベント会場にまで辿り着いた。


 そのイベントは、あまり大々的に告知されてなかったせいか、参加者は私を含めて5名。


 それをプロ棋士の先生1人が同時に相手をする『多面指し』と呼ばれる物だ。プロ棋士を前にして緊張する私。そもそも、ネット将棋しかしてない私は、駒を扱うのがそれが初めてだった。


 色々重なる初めてに大変緊張した。


 対局は一瞬で終わった。『駒落ち』で大きなハンデをいただいたが、見事に負けた。これがプロの実力か。住む世界の違いに大変驚かされた。


 対局が終わり、プロの先生からの有り難い指導が始まる。


「ここは中々いい所に目をつけたと思います。その後は、歩をタラちゃんして『と金』を作れば良かったです。」


『歩をタラちゃん』と親父ギャグが大好きな先生は、指導対局内においても冴えて(?)いた。


 1時間程、指導をいただいた後、最後に先生は詰将棋を1題出してくれた。5手詰だった。


 だけど、入院中から詰将棋に関しては死ぬほど解いた私にとっては、1秒もかからなかった。


 それに先生は喜んでくださり、さらに追加で7手詰の問題も出してくださった。


 しかし、それも1秒かからずに解けてしまった。


 さらに驚いた先生は、最後に、将棋界では有名な大御所先生の長手数の問題を宿題として渡してくれた。かなりの難問。


 私は、先生に大きく頭を下げて、人生初の指導対局を終えた。

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