その2 詰将棋デビュー

 早速、翌日母が詰将棋の本を買って、病室まで届けてくれた。羽生善治先生の初心者向けの詰将棋本。当時の私ですら知っている数少ない棋士の一人。もちろん彼の名を知らない人の方が少ないだろう。


 私は、母が帰った後、ベッドの中で早速その本を開いた。


 私が最初にするべきことは、駒の動かし方を覚えること。恥ずかしながらそのレベルだったのだ。何故、それなのに私は将棋に手を出したのかが本当に分からなかった。恐らく、世間の将棋ブームに乗っかっただけなのだが…。


 さあ、いよいよ勉強スタートだ。


 うん、『』が前に行くことも知っている。


飛車ひしゃ』、『かく』の動きも、どこで覚えていたのか何故か知っていた。


 厄介なのは、『金』と『銀』だ。


 コイツら、何故か微妙な動きをしやがるのだ。少しの間、この二人に苦労させられることとなる。


 あと、駒は敵の領地内に侵入するとひっくり返ってパワーアップするのだ。元より強力な駒である『飛車』、『角』はそれぞれ『りゅう』、『うま』と理不尽な強さへと進化する。『龍』と『馬』、名前に格差があるように感じるが、どちらも本当に強力な駒だ。


 さて、ざっと駒の動きを見たことだし、早速問題に取り掛かろう。


 だが、うつ病とは集中力が続かない。正直なところ、駒の動きを学んだだけで、かなり体力、精神力が奪われていた。


 そんな状況で取り掛かった一問目。いや、正確には例題1。1手詰の問題。


頭金あたまきん』と呼ばれる最も一般的な型で王様の命を奪いに行く問題だ。流石に、羽生さんの素晴らしいヒントのお陰もあり簡単に解けた。


 一応、しっかり王様の逃げ道がなくなったことを念入りに確認した。


 この日私は、この一問で断念した。集中力が限界だった。また少しでもやりたい時にやってみよう。


 それにしても、今の私の体力はこの程度だったのか。焦りと共に、少し胸が苦しくなった。

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