ぷいと将棋が生んだ奇跡

ぷいゔぃとん

その1 ぷいと将棋

 雨音も通さない冷たい部屋の中に私はいた。


 どうやら世間は梅雨らしい。


 しかし、今の私にとって季節なんてどうでもいいことだった。暑かろうが寒かろうが、ここに居れば関係ない。その日の気温に合わせて、看護師が空調を調整してくれる。


 私は、何もない部屋で、ただ寝ていればいいんだ。


 退屈なんて感じる余裕も無かった。そもそも当時は、季節がどうとか、天気がどうとか、本当に一切気にしていなかった。


 五感は完全に喪失していた。


 味覚だって無かった。彩りの無い病院食。ここの病院食は美味しいと言う患者を見て、どれだけ幸せ者なんだろうと思った。私は、本当の幸せなんてここ数年感じていなかった。


 幸せの感覚を忘れ、唯一あったのは希死念慮きしねんりょ。とにかく死にたくてたまらなかった。体も痛い、頭が重い、楽になりたかった。誰かに殺してほしかった。


 生き甲斐なんてない。


 でも、本音は違った。どこかで…本当に微かだが、生きたいという意志があったようだ。何かをせねば、この状況を打開せねば。


 私は死んでいるけど生きているんだ…。


 そしてその頃、世間では空前の将棋ブームが訪れていた。ひふみん、藤井聡太。ナースステーション前にあるテレビでは、ほぼ毎日彼らの姿が映っていたような気がした。


 母が病院へ面会に訪れたある日。私は、将棋なんてこれまでしたことがない癖に、何故か、母に詰将棋の本を買ってくれと頼んでしまったのだ。


 これが、私と将棋の初めての出会いだった。

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