第11話 目覚めの塩味

 森が騒がしい。伏せていた耳を立て、音を探る。

 緑鳥が飛び立つ音の後に、ゴロゴロという音が断続的に聞こえてくる。何だ? 雨でも降るのか? 雨ざらしでエサ集めなんぞしたくない。振り出す前に集められるだけ集めておこう。

 ん? 近くに転がっている緑色に着色した石は弱々しい光を放っている。体のシミが無くなっているので、効果はあったらしい。補充して置く。


 木の根付近から顏を出すと、黒い雲が遠くに見えた。雨だな。直上は晴れている。いつもピーピー騒いでいるヒナどもは、まだ寝ているのだろう。声が聞こえない。

 とりあえず食える物を、と赤い実と青色の虫——蜜を蓄えるやつをつまんでいく。


 おかしい。


 赤い実は元から酸味があった。甘いはずの虫は、なぜしょっぱい?

 森の周辺に海は無い事をリュシーに教えてもらった。塩は荷車で長い道のりを運ばれてくるとも聞いた。「高価だから味わって食べなさい。」だったか? リュシーがほざいていたな。


 思い過ごしかんがえすぎであれば良いが。何か起こる前に、食い物くらいは蓄えておこう。





 黄色の巣の根元ねどこへ何度か食い物を運んでいるうちに森が静かになった。風も吹いていないから余計に、そう感じたのかもしれない。

 黒雲が空を覆う頃、雨とともにそいつは現れた。


「!? ぐぅ……ゴホ、ゴホ!」


 一瞬だった。白に睨まれる以上の重圧を感じ戦慄わなないた次の瞬間には、宙を舞っていた。

 地面を数回跳ねた体を起こし、元いた場所——黄色の木の側を見る。どうやら黄色の木にも衝撃があったらしい。大きく凹んでいる。あんな大きいモノが迫ってきたのに気づかなかった、だと。

 

 逃げるしか……だが、どこに逃げられる?


 雨脚が強まる中、音も無く、姿も見えない無色。青色おれを食うつもりなのか、それとも――


「グゥ。」


——痛む体に歯を食いしばる。寝床に緑色の石を置いている手前、癒す手段が無い。

 チラっと寝床の入口に目を向けた時、違和を感じた。


 雨が、何かを伝っているねどこのちかくになにかいる? 良かった、俺は


 足元の水を濃い青色に濁らせていく。細長い外見のだったか、は俺を一瞥したように見えたが、寝床にゆっくりと入っていった。

 白石が欲しいのかもしれない。


 寝床の周りを円形に染めていく。全身を寝床に入れたヘビは、石と格闘しているのだろう……散発的に乾いた音が聞こえてくる。あの膜は破れないみたいだな。


 勿体無いが、寝床もろとも青く染めてやる。






 黄色の木の周りが青く染まり、寝床に流れ込む青く濁った水は増していく。

 穴の中で異変に気づいたヘビが外へ出ようと身をよじる音が聞こえてくる。


 だが、流し込んだ水はヘビの脱出よりも早く緑色の石に達した。

 そして黒く染めていき、小刻みな振動を始める。



 寝床から顏を出したヘビは暴れるが、何かに引っ張られるような感覚があるのだろう。黒く染まった石は地面を陥没させながら沈降するはずだ。

 ヘビが寝床に引き戻されていく様を見ながら、水を寝床に入れていく。





 地面が何度も揺れ、腹に響く低音が聞こえなくなった頃。寝床の入口からゴポッと泡が音を立てた。そろそろだろうか。


 短い時間で、暴れていたヘビは動かなくなったらしい。

 たまに我慢して潜むやつもいる。慎重に、慎重に濁った水を抜く。




 えーっと? 結果から言えば取り越し苦労だった。

 地面が大きく陥没し露わになったヘビは白目を剥き、陥没した穴の底に水没していた。

 黒い石は、無色さえ捕まえるのか……使えるな、大穴が開くけれど。ヘビは、細長い体をくねらせなければ進めなかったのだろう。


 大穴の横には、傾いた黄色の木がある。重苦しい雰囲気が消えた事を契機けいきに、ヒナどもは鳴き始めた。やっぱり息を潜めていたか。親鳥が帰ってこない内に、新しい寝床を見つけないとなぁ。


 名残惜しく水の溜まっている大穴の底に目を向けた時、何かが光っている事に気づいた。

 水を操り、水面に移動させると透き通った石が光沢を出している。咥えて運べる大きさだ。

 前足で叩いて確認する。見覚えがある形は、昨日咥えていた白石と同じだ。ヘビが食べると透き通るのだろうか。白石よりも濃い魔力を感じる。ふむ、旨そうだ……。


「あーむ。んも?」


 硬いと思っていたが、歯が石に食い込んだ。石から歯を通して、じんわりとまりょくを感じる。

 石の中からドロリと漏れ出た液体が舌先に触れると、背筋がゾクっとした。


 しょっぱすぎるのだ。


 慌てて吐き出そうとするが、なぜか歯が石から離れない。液体が、吐き出そうとにもかかわらず、のどを這ってくる。


 首を振る。前足を口に差し込む。えづく。


 じわ、じわっと液体は喉を下りていく。不気味ではあるが、身体の調子は良くなりやがった。

 そして……舌ではなく喉で、塩味のキツイ鳥肉を煮込んだとりがらスープのような液体を知覚する。


「鼻に抜ける匂いまで鳥肉の匂いか。」


 リュシーたちが作るスープとは段違いだった。飲み干すまで無臭というのも不思議だな……。


 体に異常は無いようだ。さっさと離れよう。緑色の石を回収できれば良かったのだが、見つからなかった。早いうちに代わりを見つけないとな。





 森を駆けていくと、俺と同じ方向に走るがいた。何だ、にもならな——


 ――何を考えたのだろう。同じ青を、まるでエサのように考えてしまった。


 どうもリュシーたちの食事が美味かったからか、虫を食べる気になれなかったというのに。

 食べたくない物を無理に食べる必要も無い。赤い実で今日は腹を膨らませておこう。


 今までは届かなかった場所でも、軽くなった体で楽に集められた。赤い実のった枝をくわえ、悠々と森を散策する。


 寝床にするならば木の上も良いけども、やっぱり穴が良い。リュシーたちに賛同は得られなかったが……何だろうな、本能、なのかもしれない。




 少し日が傾いてきた頃、何かに縦断された木が見つかった。左半分が倒れ、右半分は斜めに傾いている。白が切り裂いたのだろうか。綺麗な断面、とは言えない。

 周囲をうかがうが、黄色はいない。ピーピー喚く奴らがいないだけでも前の穴より良い場所だ。他の青や緑もいない。よしよし。


 赤い実をいくつか食べつつ、倒れた方の木の横に穴を掘っていく。今までより早く掘れるのは成長したからだろう。出入口を2カ所掘り、緑色の石を採ってきて配置しておく。


 寝床が完成し、俺は久々の安眠を迎えた。そう毎日毎日、奇襲など起こるまい。

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