第10話 子を討つ父、黒い面

 親父さんは、穂先を俺に向けた。灰色の石で作った武器では貫けないだろうが、少し身構えながら問う。


「何だよ。」

「リュシーを連れて来た事は感謝する。だが治療できない場合は、ここで殺す事になる。」


 父親から告げられた内容にリュシーのビクつく様子は、追い詰められた青のようだったかおをあおくしていた


 画廊の村から走ってきた2人のうち一人は、婆さんが襲撃された時に来た医者だ。見覚えがある。慌てていたのだろう、服がヨレヨレじゃないか。

 親父さんの近くで止まると、抱えていた大きな鞄を門番に渡して帰ろうとする。近づきたくない程なのだろう。


 罹患りかんしたモノは処分するかのような状況だ。こちらを指差し喚く医者の目や雰囲気から、事態がさらに悪い方向へ進み始めた事を知る。


 聞くに堪えない言葉が発せられる中、親父さんの持つ武器は震え……医者に向き直った。

 間抜けな声を上げた医者から鞄を分捕ぶんどると、声を押し殺し問うた。


「どれを使うか言え。」

「い、今更使っても遅いぞ! 斑点が出た時点で——」

「娘は生きている。お前に言われずともは知っている。」

「――モ……茶色の器に入った赤い液体を斑点に塗り、半分は飲ませろ。私は帰らせてもらう!」


 悪態をつき帰っていく医者を見送り、親父さんはリュシーに茶色の器を差し出す。その顔は、どこか寂しそうな笑顔だった。


「リュシー。言われた通りに塗り、飲みなさい。」

「は、い。」

「器を置いて、あんたは離れてろ。」

「……頼む。」


 緑色の範囲から手を出そうとするリュシーを制し、器を手前に置かせる。親父さんに移っても困るしな。置く際に、武器が膜を舐めていった事はとがめないでおく。何かがヒュンとした。

 親父さんの手や顏に、斑点はんてんは出ていない。他のオッサンが茶色の器を回し飲みしている様子を見ながら、親父さんが離れるのを待つ。

 俺の尻尾を掴んできた手が震えていたのでチラっと見ると、泣きそうな顔があった。視線を前に戻し好きにさせる。


「まぁ、さっさと飲んで治ったら腹一杯食え。」


 離れた親父さんを確認し、下唇を突き出し泣かないよう我慢しているリュシーに器へと近づくように言う。

 茶色の器が緑色の領域に触れた時、仄かに光った。親父さんが後ろを振り返ったようだが、今は気にしても仕方が無いだろう。


 器を手に取ったリュシーが、こくこくと喉を鳴らす様を見届ける。ちょっとらしい。そして、身体がポカポカするそうだ。

 器に残った液体を舐めてみると、赤い実よりも甘い。子ども用に甘くしたのだろうか。舌先がピリピリする飲み物なんて、あったか?

 俺の疑問が晴れるよりも前に親父さんは再度武器を構え、俺たちに言った。


「飲んだか。」

「甘いな。ピリピリするけれど、問題ない。」

「しばらく、そのまま座っていろ。」


 リュシーも口がピリピリし出したようだ。もごもごしている。紫色の斑点は、心なしかほんのすこし小さくなっているようだ。赤色になったか?

 徐々に斑点が無くなっていくリュシーと互いの快復を確認し終えたあたりで、親父さんが不審に思ったのか聞いてきた。


「体は、何とも無いのか?」

「斑点が無くなってきたぞ。なぁ、リュシー?」

「無くなってきたみたい……ちょっとキレイになった?」

「親父さん、頭は重症だ。」

「ひどい!」

「腐っただけだ、問題ない。」

「お父さんまで! もう、もう!」


 地団駄踏じたんだふモウモウりゅしーをよそに、親父さんと意気投合する。手の震えは止まったか。

 親指を立てた彼は振り返り、医者を呼ぶ。俺たちがものだから、困惑しているようだ。「あれは黄色の獣ですら……。」と呟いた声を拾えたのは、俺だけだろう。


 親父さんに突かれる形で俺たちの近くへ寄って来ると、嫌々問診を始めた。表情くらい隠せよな。見たところ斑点は消えているが、しばらく緑色の領域を維持して欲しいそうだ。まぁ、妥協点だろう。


「良かったな、リュシー。」

「ふーん!」

「……はぁ。」


 へそを曲げてしまったらしい。

 鼻を鳴らし持ってきた石の一つを光らせ、くわえる。親子そろってガン見か……父と娘は似るのだろうか。

 緑色の小さな膜が俺を包んだ事を確認し、リュシーに言う。


「落ち着いたら、重い服を取りに来い。あんなのがあったんじゃ居心地が悪いからな。」

「え? キツネさん、どうして?」

「俺の寝床は森だ。」


 目が合うと背けようとするが、俺の言った事を理解したらしい。手を伸ばした分だけ離れると、リュシーの手は力なく垂れた。

 リュシーを覆う緑色の範囲から出ると、オッサンたちの顔色が変わる。


 狩られる側の気持ちは、身に染みている。医者に何を言われたか知らないが、目を爛々とさせるオッサンたちに近づいて欲しくは無い。

 親父さんはリュシーを守ってくれるだろう。今は自身の安全を優先しよう。






 森に入ると、すぐ近くの木に槍が刺さった。捕獲ではない、か。リュシーほど分かりやすい奴ばかりだったら良いのになっと。

 木の後ろや、茂み、岩の影を通って寝床へと戻る事にする。今日は、赤い実が多いな……食えるだけ食っておこう。

 

 倒木のある開けた所に戻ってきた時、穴が大きくなっている事に気づいた。倒木が大穴にずり落ちていく様子から、今も広がり続けているようだ。ググ、ググという低い音が聞こえてくる。

 寝床が、と穴を見ていると、金属板を打ち合わせたような鋭い音まで聞こえてきた。


「リュシーの服、落ちてんのかな……。」


 何度か閃光がちらつくと、急に静寂が戻ってきた。穴の成長? が止まったのだろうか。

 そーっと覗き込んでみる。


 黒い球面が見える……が、何であんなにんだ? 他の物を引き寄せていたのは知っている。半日くらいで俺の体長の数倍になるとして、何に使うんだ? あ、リュシーの重い服も半分沈んではいるが、ある。潰れていないだろうな……。

 思案している俺の正面、穴の向こうの茂みから青が出てきた。小さなネズミは俺を見たが、すぐに目を離し穴の淵を走り——踏み外したのか黒い球面に落ちていく。


 吸い寄せた? いや、ネズミは黒い表面で起き上がり、穴から出ようと走っている。ミミズの時とは違うようだ。

 ん? なぜ、青がここにいる? 臭いの壁はどうした。


 慌てて周囲の音を探る。青が数匹、緑もいるか。村から遠い方向にのみいるようだ。一部が臭わなくなったのだろう。リュシーに言わずに変える事になるが、寝床を新しく見つけなければならない。本当ほんと、全部吸い込みやがって。


 今日は黄色の近くで寝て、明日には寝床を確保しよう。

 森の奥へ駆けだした俺と黒い球面の間にはが出来ていたのだが、くわえている石の温かさ未満の違和に気づく事は無かった。






 ピー、ピー


 親に外敵を教えようと鳴いてるのだろうが、木の根元に穴を掘り、他の木の根元とつないだ俺には関係ない。親が戻ってくると声が止むのは合図になるか。

 今回は、黄色の巣の直下に黒い石は置かない。あんな大穴は困るからな。

 元の寝床の方向にも掘り進めておこうか……。


 ふあ。まぁ、いいや。明日にしよう。ちょうど黄色の親も帰ってきたみたいだ。静かなうちに寝てしまおう。

 いくつか罠を仕掛け、横穴の途中を寝床にする。尻尾を枕に魔力を籠め直した緑色の石を抱えておこう。いつ噛まれるか分からないしな。


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