第9話 暗い色 混ぜた色

 呆けたリュシーにゆっくり教えている暇は無い。戻ったら教えれば良いしな。

 外に出ようとした所で、後ろから声が聞こえた。


「食べられ……え?」

「ここから出なければ良いさ。死にたくなければ口閉じてろ。」


 なおも呼び止めようとするリュシーを無視して、寝床から出る。

 夕紅ゆうくれないの薄暗さで集められる食材は、森の奥に行かないとなぁ。低木にる実があったはずだ。


 臭いの壁を越え、奥へ駆ける。

 木の実は直ぐに見つけた。枝を折って持っていこう。少し離れた所に動きの青がいた。どこかで負傷したのだろう。まぁ、よくある事だ。

 あ、道草する時間は無いんだった。少しでも早く帰ろう。



 ……負傷した青の斑点や半端な傷つけ方をする輩を、もっと目を向けるちゅういするべきだった。




―――――――――――


「ん? ……気のせいか。」


 寝床に入る間際、視線を感じた。殺意を伴わない。青か緑が遠巻きに見ているのだろうか。臭いの壁があるから寄ることは無いだろう。

 入口付近の縦穴が、より深くなっていた事に足を止めず飛び越えて進む。


「ひっ! あ、おかえりー。」

「晩飯。」


 リュシーの目元が少し濡れているようだ。怖かったのかもしれない。手に付いた土を払い、実を食べる泣き虫は足元に丸まる俺を撫で始めた。まぁ、しばらくは構ってやるか。


「キツネさん、太った?」

に何だよ。」

「藪から棒、ね。何か尾っぽが大きくなった感じ?」


 緑色や黄色から見れば、大きな青は恰好の的うまそうなえものだ。実際、弱いし遅いし柔らかいし。


 尻尾が大きくなる時なんて、強い奴と目が合った時か本気でヤバイと思った時くらい……。


 ハッとして、周囲の音を探る。

 リュシーの息遣いだけでなく、鼓動さえ聞こえそうなほど静かだ。枝が揺れれば葉のすれる音、動物が動けば音はするはずだ。聞こえない、という違和を感じなかったとは。





 リュシーにも注意を促そうと、振り向いた時。

 不安そうな顔の奥——重すぎて動かせなかった分厚い服と土壁との隙間に浮かぶ赤い目が、こちらをじっと見ていた。


 俺の視線に気づいたリュシーが、振り返ろうとする。


「リュシー、静かにしてろよ。後ろに明かりを。」

「う、うん。」


 小声で注意して、赤い目に石のしろい光を当てる。眩しかったのだろう、ズルズルと引きずるような音を立てながら赤い目は遠ざかっていく。


 しばらく警戒していたが、来ないらしい。ほぅ、っと吐息をもらしリュシーを見る。

 リュシーは、大きな目を初めて見たらしい。俺の尻尾を震えながら掴んでいた。


「遠くに行ったみたいだぞ。」

「何、あれ……。」

「夜の森は、あれが来るんだ。出歩くなよ? 丸かじりされるからな。」


 コクコクと頷く泣き虫をあやしながら考える。

 あいつ、臭いの壁を越えてきやがった。明かりを嫌っているような反応と、夜にしか見た事が無い事を考えると……俺も光る石を持っていた方が良さそうだ。


「リュシー、光る石を作っておきたいから放せ。」

「やだ。」

「は、な、せ! あと少し、届かねーんだよ!」

「んぐぐ、やーだー!」


 後ろ足で蹴りながら、届く範囲で白い石を集めていく。頬に土をつけてまで放さないリュシーも大概だな。

 小粒かたあしサイズ3つ、大粒りょうあしサイズ1つを集めた。さっさと注いでしまおう。


「よし、小さいのは光ったな。あとは、あれ?」

「待って、キツネさん。足が震えてるよ? 休んだら?」


 言われて気づいた。少し毛色けいろが黒く……群青色みたいになった。痺れたのか体に力が入らない。とりあえず少し離れた所に光る石を置いておこう。十分な明るさを確保できるはずだ。

 リュシーには悪いが、先に寝かせてもらう。

 起きたら、大粒も光らさないとな……と薄れていく意識の中で考える。


「おやすみ、キツネさん。この石、黒い点がある? 何だろコレ。」


 リュシーが何か言ったようだが、俺の耳には届かない。



―――――――――――


「ハァ、ハァ……。」

「ふあ、あ? リュシー、どうした?」

「何か、すごく、苦し……頭痛い。」


 荒い息遣いが聞こえ、目を覚ますとリュシーの様子が変だった。風邪をひいた時よりも苦しそうで、体中に紫色の斑点がある。起き上がれないのだろう、汗を掻いてぐったりしていた。

 変な臭いなし、周囲に何もいない。


 とりあえず白い石を緑色にして置いてみる。

 息苦しさは薄れたらしい。斑点が消えない……治ってはいないか。


「ごめんね、キツネさん。」

「原因を考えとけ。ケガとか悪い物を食ったとか。」

「これ……。」


 リュシーの手首には2つの小さな刺し傷――トゲに刺さったような——がある。詳しく聞いていくと、2つ分かった。

 昨日の夕飯前に俺が出た後、チクチクと刺すような痛みを感じたらしい。

 寝床の入口側に移動した後、何かが黒い石の沈んでいる穴に落ちていったと。


 マテマテ。


「黒いの? 昨日の赤い目じゃないのか?」

「黒くて細長いの、だよ。」


 黒い石……の底にあるんだよな。そーっと見てみる。

 あー、いるわ。ずいぶん深い所に沈んでるなぁ。手足の無いウネウネとしか表現できないが、口から覗いている牙は確かにリュシーを噛んだのだろう。


 初めて見るやつだ。黒い石に引き付けられて動けない? 重そうな石をぶつければ狩れるか、と幾つか落としてやると、紫色の何かを吐き出して潰れた。


「甘い匂い? 気持ち悪くなるくらい甘ったるい臭いだな。」

「あ、この匂い。昨日も嗅いだよ?」


 そうか、リュシーは紫色の汁が好きなのか。鼻をヒクヒクとさせているが、俺の寝床には要らんのだ。土をかけておく。

 ちょっと背中がゴワゴワする……確認しても何も付いていない。気のせいだろうか。


「キツネさん、何か鼻の周りの色、変わった?」

「鼻? 紫色……?」


 こすっても取れない色に思う所があり、緑色にした石の近くに寄る。もしかしなくともリュシーと同じ斑点だった。

 リュシーも俺も、ここにいれば悪化しないだろう……が、治りもしない。職人たちなら治し方を知っているかもしれない。大粒の石を緑色に光らせてリュシーに握らせる。


「職人たちの所まで急いで戻るか?」

「うん、昨日今日で戻るのは何と言うか、その。」

直すなかなおりも治すも早い方が良いだろ。分厚い服は、あとで取りに来れば良い。」

「にゅにゅ!」


 悩んでいるようなので尻尾でグリグリしてやる。不貞腐れてないで行くぞ?

 入口からリュシーは出る事ができた。やせたのだろう。工房はっと……あっちか。





「リュシー、痛むか?」

「ハァ、ハァ、だいじょぶ。」

「見えてきたぞ、もう少しだ。」


 見上げる高さの土の壁と見張りの数名が見えてきた。斑点の拡大は無いようだし、最悪リュシーだけでも戻れれば良い。少し緑光の弱まった石に輝きを戻しておく。

 画廊の村の前まで近寄ったところで、見張りずじょうから声をかけられた。


「リュシー! 無事かー! 門を開けろー!」

「ほら、行け。ちゃんと治してもらえ。」

「え? キツネさんも行こうよ。」

「俺は石を補充しに行かないとな。」


 開き始めた門の隙間から親父さんたちが走ってきて、


「俺に構えるのは分かるが、リュシーは助けてくれ。」

「リュシー! その傷は、刺されてどのくらいの時間経った!?」

「え? 昨日、えっと。」


 「昨日、あり得ない……。」と呟く大人たちは、距離を保ちながら武器を構えているこちらをけいかいしている

 この反応は、何だ? 何を知っている?


「教えてくれ、何が問題なんだ?」

「何って、昨日刺されて今生きているって事だろうがよ。」

「ふえ?」


 生返事のリュシーをそのままに緑光を放つ石の事を教えた後、原因を教えてもらう。

 俺の倒したミミズくろいウネウネの毒が原因で、甘い匂いを放ち始めた時は解毒という処置をしなければ村へ入れないらしい。


 そして、リュシーが今も人なのかを調べると。


「どう調べるんだ? 斑点は増えていないぞ。いつも通り汗臭い。」

「臭くない、クンクン……うっ、ミミズの甘い匂いしか嗅いでないよ!」


 何だよ「う」って。

 親父さんは、村医から持ってこさせた薬をリュシーに飲むよう言い、村人にも与えておくよう大人たちにも伝えていた。

 緊張が解けたような雰囲気を醸し出す傍らで、親父さんの武器はリュシーに向けられたままだった。

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