第8話 すりすりすりこみ
「うう、なんで赤い実ばっかりなの……。」
「襲われないためだ。」
「うう、なんでこんな事に……。」
「リュシーが太いからだろ?」
「太くないもん!」
細い穴に完全に挟まったリュシーをからかっているが、あまり良い状態ではない。
分厚い服から抜け出たリュシーに「待っていろ。」と言ったのに、ほふくで移動し、また挟まったのだ。暗い所に一人、という状況が嫌なのだろうか。
とりあえず食えそうな物を持って来ては、口に放り込んでやる。ヒナを育てている気分だ。
「ちゃんと横を掘るんだぞ?」
「掘ってるよ……でも手、痛いもん。」
「あー、爪が短いからなぁ。」
地盤が固い、という理由は分かっているので、手頃な石を用意してやる。
リュシーが石で掘り出すと、地盤とともに磨り減ってしまうようだ。うーむ。
「減っちゃうね……もっと固い石ある?」
「ここらで一番固いんだが。」
「じゃあ、ちょっと込めてっと。」
リュシーは手に持った石を見ながら唸り始めた。魔力を込めてる? 何か違うような気がする。
石にモヤのようなモノをまとわせたまま地盤に叩きつけると、ほんの少し掘れた。
へぇ、魔力を込めると掘れるのか。
「これなら掘れそう。」
「何をしたんだ?」
「石の外側を覆うようにしたんだよ? 工房でやってたでしょ?」
あー、そういえばやってた。
込めるのは出来ても、外側を覆うのは出来なかったんだよなぁ。内側に込めると色が変わっていくから面白いし、なにより簡単だ。外側に魔力を維持するためにモヤのような魔力を操り、
打ち付けて減った箇所に補充して、また維持する……はぁ? だわ。
「リュシーってさ。」
「んしょ、何?」
「バカなのに器用だよな。」
「バカじゃないから! あ、急にひねったらツった、ツった!」
ただでさえ這う姿勢から無理に曲げて掘り進めているのに、さらにひねったら。
リュシーに差し出した青の肉は拒否された。「なまはやだ。」らしい……キツネに焼けと?
俺が火おこしなんぞしたら、丸焼けになるだろうが。
「リュシー、森が言うんだ。」
「どーしたの?」
「燃やす暇があったら喰え、ってな。」
「ふーん。」
何だよ。煙で居場所がバレたり、ニオイで白まで集まってきたらどうするんだ。
イライラしながら固い石をゴロゴロしていると、前足に温かさを感じた。「ん? 石が温かい、それに赤い?」と首を傾げていると、手を止めたリュシーがなぜか食いついてきた。
「キツネさん、どうやったの!? そ、そそそそそ!」
「落ち着け、顏が汚い。あと臭い。」
「ひどい!」
土汚れの顏に、汗の籠る下着、そして喚起の悪い細穴。分厚い服の落ちている方の穴には、リュシーを狙った緑がピクピクしていた。
実際、なぜ固いだけの石が赤く温かくなったのか。
魔力を込めた時、色の変化は無かった。リュシーたちが外側を覆う時は、湯気のように白っぽい色になっていた事を観察している。
森で赤い石が見つかる事は少ない。そも基になる石は、2種類ある。工房で使う加工のしやすい
命名は俺。職人たちに見せても「使えない固いだけの石」でしかなかった。
「キツネさんの周り、今度は黄色?」
「あー、何か分かってきた。」
「何、何? あ、またツった……。」
思い出を考えながらは黄色、イライラしてると赤色、何も考えなければ白色という仮説。
論は実証しなければ使えない。森では
「青色にぃ、いたたた。」
「簡単だな、おい。」
――だった。あっさり青、赤、白色が判明する事態は想定してなかった。ちなみに青色になった石は、ひんやりしていて汗ばんだリュシーが涼んでいる。ツった所を押さえているから痛むのだろう。痛みがひくまでは、休んどけ。
俺も少し休むか。工房の庭先の草の絨毯は良かったなぁ。ひなたぼっこに最適だった。
「え? 何、この緑色……温かい。」
「起きて大丈夫なのか?」
「痛くなくなったよ? 青色も良かったけど、緑色も良いかも。」
心なしか汗臭さが薄れたような。俺の前だからか脇のニオイを嗅ごうとしているリュシーを、白い目で見ながら問う。
「リュシー?
「つつみ? あぁ、お婆ちゃんが持ってけって言ってたやつね。」
違うけれど、わざわざ直さなくて良いか。もぞもぞと動くリュシーを見ていると、足で包みを動かしているらしい。身動きできないのに、どうやって包みを通すつもりなのだろう。
「ん、んん? んっ! ……キツネさん。」
「何だ?」
「通らないかもしれない。あと、足ツった。」
図太い神経の持ち主。俺はリュシーの評価を1段階下げた。
「リュシー。夜になっちまうぞ、帰らなくて良いのか?」
「良いよ、家出してきたし。それより寝返り打てないかな……そろそろ痛くなってきたよ。」
「イエデ? 家を出てきたなら帰るだけだろう?」
「ちっちっち。」と、人差し指を揺らしながら言う娘。俺はリュシーの評価をさらに1段階下げた。
「自分で調べた方が早いわ。」
「何でー!」
どうでも良い事だが、包みの中身はリュシーの食器だった。着替えより、食べ物より、食器らしい。……はぁ。
お高めな食器を叩きながら、事情を聞く。何となく予想できてしまうのは、一緒に居た期間が長いせいだろう。前回も何だかんだで探しに来たのだ。足音が聞こえて来た時は、
「リュシー、ここ掘れ。」
「……何だろう、卑下されてるような。」
「掘れ、
「うう、掘るよー!」
とは言いつつ、自力脱出できれば一番良い。俺の安住する穴を、これ以上拡張したくないしな。
細い穴で掘るということは、掘った土が邪魔になる。
リュシーが掻き出した土をまとめて、固めて……ん? 穴が塞がってしまう。俺も土を
……おかしい。リュシーの掘る量が多すぎる。緑と青、そして白色の石が
「土を集めると、焦げ茶っぽい色か。」
「キツネさんー、暗いよー。」
「実験中だー、埋もれとけー。」
「せっかく広げたのにー。」
広げてないで出ろよ、と思いながらも実験を優先する。前足で土に魔力を込めつつ、こねていく。
徐々に黒くなっていく土は、押し込むたびにギュッ、ギュッと音を立てる。
小さな塊になった辺りで、持ち上げられない程の重さになっていた。近くの土を引き寄せ吸着している……面白い変化だ。
要らない土を近くに飛ばせば、勝手に引き寄せ小さく固めてくれる。これで土の心配は要らなくなった。ギュギュッと小さくなっていく様子を見ていると、ちょっと沈降したか? まぁいいや。
リュシーの所へ掘り進めると、なぜかぐったりしていた。上半身を動かせる範囲で掘り進め、力尽きたようだ。頭を前足で擦ってやる。
「がんばったな、バカだったけど楽しかったぞ。埋めてやるから安らかにな。」
「……生きてるから。」
「埋められる前に言いたい事があるのか。」
「埋めないで。緑色の光ってるのが無くなったら、
「冗談は良いから、さっさと掘れよ?」
「ひどい!」と起き上がった
あと1回は食べ物を探せるかな。
夜の森を歩く危険は、リュシーよりも知っている。昼と夜の境目も知っている。
「リュシー。俺が出た後は、音を立てるなよ。」
「何で? あたっ。」
俺が真剣な雰囲気を出している事に気づいたのか、森の雰囲気が変わり始めている事にきづいたのかは分からない。
「食われるぞ。」
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