第7話 泥の色と『かたい』色

 逃げる。木々の間を駆け、黄色のエサ場に向け走る。

 黄色が白に追われている今、エサ場は空いているはずだ。


 しばらく来ていなかったが、大きくは変わっていないように思う。よし、緑色も怖がって襲ってこないし、さっさと回収しよう。

 周りの木に比べて、一際大きな焦げ茶色の木が見えてきた。は……あれ?


「エサ場を間違えて、は……いないよな。」


 焦げ茶色の大木は、ここだけのはずだ。黄色は、最低でも2つ、実を残すのに。

 近づいて木の裏側も見てみるが、1つも実が無い。


「何だ? 俺がいない間に、何が起こってるんだ?」


 当てにしていた黄実が無いとなると、打つ手が——


 ピィ! ピィ!


 ――無い、と思った時、頭上から甲高い音が聞こえてきた。

 かなり上の方に、ヒナでもいるのか? きいろが戻ってきたら俺では勝てない。それに、遠くで聞こえていた白の音が、近づいてきている気がする。早めに離れた方が良さそうだ。


 視線を落とした際、視界の端にキラリと光る何かを捉えた。

 よく見てみると、大木の根元に泥を丸めた玉が落ちていた。表面が磨かれているのか、光を反射している。つついても割れない、黄色が磨いたのだろうか。


 まぁ、良い。緑石と黄石の中間くらいの魔力を感じる。くわえて行けそうだし、持っていこう。さすがに泥は食べないぞ? 気になるだけだ。






「ふぅ。ここは……さらに壊れたか?」


 戻ってきた倒木の寝床。以前使っていたが、白に壊されたんだったか。穴から離れた所にある倒木はそのまま、地面の穴もそのままだ。

 慎重に近づいて、穴をのぞき込む。


 何もいないようだ。一応、赤い実が野放しになっているから大丈夫だろうが、久々に仕掛けてフンをまいておくか。減るもんでもないし。


 あとは、逃げる時の出口にも仕掛けておかないとな……。泥玉は邪魔だから、穴の底に埋めておこう。


「ん? 割れてしまったか。」


 穴の底に泥玉を落とした時、ヒビが入ってしまった。魔力が濃くなった? 気のせいか?

 前足で転がそうとすると、泥玉の表面が崩れ、白い中身が露わになった。


「これ、白石か……!」


 あふれだした魔力に息苦しささえ感じる。だが、以前よりは耐えられそうだ。俺も成長した、という事か。恐怖しか感じなかった石に、今では食欲すら覚えるくいたいとおもうとは。


 ……食欲?


 試してみよう。くわえるだけなら歯は折れない。


 ガチン!


 ……痛い。食えそうだと思った自分を叩いてやりたい。お、舐めたら濃厚なスープを飲んだ時のように気分が高揚した。舌先から喉、胃袋、尻尾に至るまで全身で感じる。




 ほう、っと、ため息をついた。少しの間、飛んでいたとりっぷしていたようだ。

 『茶色』で覆うと魔力を抑えられるのか、何となくリュシーたちの工程と似ている気がした。

 『白色』は青と緑と黄を合わせて出来ているのか、と足元に落ちた小さな白石の欠片を見て思う。


「色が分かるようになっても、体のあお色は変わらないんだな……皮肉なもんだ。」


 爪を出してみたが、大して変わらず。思いっきり足元に前足を叩きつけても、ぽふっと音がする……変わらず。

 今までと、やる事は変わらんな。隠れている奴らを見つけられるくらいか。

 出口の方に罠を仕掛けて、今日は寝るかなぁ。


 少し、肌寒い気がする。慣れすぎたかな、やれやれ。静かな穴の中で丸まり、これからの事を考えながら夜が更けていった。






 何か重い物が落ちる音と「キャッ!」という短い悲鳴が聞こえたのは、明け方だった。

 物音で飛び起きる。森の奴らは、近づけないはずだ。ここに来る、という事が何を意味するのか。

 ぶつぶつ言っている声を聞く限り、リュシーなのは間違いない。職人どもが武器を持って来ていたりしないだろうな……?

 忍び足で近づくと、這い上がろうとして再度落ちた鈍臭い奴がいる。


「いたたた、滑り落ちる罠なんか仕掛けるって……臭いし。」

「何やってんだ、リュシー?」

「うひっ、って、驚かせないでよ!」

「森で大声出すな。」


 「あ、ごめん。」と口をつぐむ少女は、穴に落ちた体勢のまま赤い実の汁と土で汚れていた。軽装を好むリュシーには珍しく、顏を除いて肌の露出が無い。ごついな……ん? 魔力の質もおかしい?

 

「で、何の用だ?」

「迎えに来たよ!」

「……昨日の今日で何、言ってんだ?」


 言っている事は分かるが、森に放った後に来る意味が分からない。首を傾げる俺に「私と、一緒に、家に、戻る……分かる?」と区切って言うリュシーに後ろ脚で土をかけてやる。

 耳を澄ますが、足音は聞こえない。他の人間はいないようだ。


「ぺっぺ……何するの!」

「何で森に来たんだ? そんなの着てまで。」

「今、言ったよ? じゃりじゃりするぅ。」


 「俺が行くと思ってるのか?」と言うと、リュシーは呆けた顏をした。

 こんな臭い所に、危険を冒してまで来る必要は無い。商人として生きていけば良いだろう。

 数時みじかいじかん、俺を見て合点がいったアホの子は、掌をポンっと打った。それ、婆さんと同じ仕草だな。


「昨日の別れ際に、明日行くからって言ったよ?」

「……あの状況で聞いてるわけないだろうが。」

「えー。言ったもん。」


 普段ならば年相応の可愛い顔ふくれづらなのだろうが、今は泥まみれだ。ちょっと気持ち悪い……言わないけれど。

 そういえば、リュシーの着ている変な服も魔力が混ざりすぎて気持ち悪い。訊いてみると前面を開け、中を見せてくれた。中は、まぁ肌色だ。泥は付いていなかった。

 服の内側に様々な色の鉱石をくくりつけ、黄色以上に見せているようだ。なんというか……。


「リュシー、前を閉めてくれ。。」

「うぐっ、しょうがないでしょ! 重いし、蒸れるし、動きにくいんだもん! あと臭くないし!」

「知らん、臭い、大声出すな。」

「あ、ごめん。でも臭くないし。」


 ほら、と近づいてくるので細い穴に戻ると、リュシーは服の大きさゆえ挟まっていた。

 薄暗い横穴で慌てる無防備なメス。俺の目が妖しく光る。


「キツネさん? えっと、助けて?」

「森では、弱い奴から食われるんだぞ、リュシー?」

「弱くても、出来る事があるよ? 助けておいて損は無いよ?」

「ふーん。臭いから助けないけどな。」

「なんでー!?」


 最後には助けてやるが、それまでは猛省しろ。いや、生まれ変われ。

 尻尾でリュシーの腹を擦って悶えさせておく。




 実際、どうやってリュシーを助けるか。体格差があるし、非力な俺には押すも引くも無理だ。

 第一ほかのことはともかくとして重すぎ——


「重くないから!」

「頭悪いのに、察しは良いのな。」

「頭も良いから!」

「要領悪いのに、思い切りは良いよな。」


 うーうー唸るリュシーの横を掘っていく。1日も掘れば、動けるだろう。俺の意図を理解したのか、応援せかしてくる正直者に肉球パンチをしつつ作業を続けた。




 「逃げるための穴は、なるべく固い場所に」と穴を掘っていた事が仇になっているでじかんがかかってしまう

 静かだな、と隣を見れば……しっかりと寝てやがる。我慢だ、掘ってる横で寝ていても、うわ言で「うへへ」とオッサン臭い事を言っていても。ほんと、こいつ何歳だよ。

 穴の中が、だいぶ暗くなってきた頃。


 くぅ、きゅるる


「お腹減った。」


 のっそりと動き出したリュシーが新しい要求をしてじっとみつめてくる。どうやら休む暇も無いらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る