第6話 森から川へ

 昼下がり。

 頬の膨れたリュシーを連れ、森を歩き回っている。先のくぼ地のような開けた場所では、他の奴らに食ってくれ、と言わんばかりだからな。尻尾ビンタで許してやった。俺は心の広い青だからな。

 黄石の余波なのか、リュシーの荷物は悉く吹き飛び散らばっていた。

 探索に使える物は拾ったが、昼飯をぶちまけていたためにリュシーの食い物を探す事になってしまった。「落ちて泥やコケが付いたモノは食べたくない。」と姫様リュシー仰せだほざいた。噛んでおいた。


「これなんか食えるだろ?」

「ちょっと腐ってる……。」

「食え。」


 周囲に食べられそうな物は無く、木に登れないリュシーの代わりに俺が登ろうとすると「離れたら怖い。」と言い、熟れていたら文句を言う……甘くなってるだろ?


 リュシーの小腹を満たしたあたりで、俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は、職人たちだろう。

 振り返った俺と目が合ったリュシーは、汚れた手を俺で拭こうとしたのか目を逸らした。

 白い目で見る間に、職人たちの足音も聞こえてくる。そろそろか。


「リュシー。」

「どうしたの?」

「俺は、ここまでだ。一人で帰れるな?」

「……やだ。」

「俺は森にいるぞ? まぁ、白からは逃げるかもしれんが。」

「や……。」

「リオに見せられない顏するな?」


 職人たちの方向を鼻先で示しながら問うと、リュシーも現状を理解したのだろう。声を気にしつつも、俺の尻尾を放そうとしない。参ったな……いつもの冷静さは、どこに行ったんだ?

 ため息をついて大きく息を吸い、短く遠吠えする。

 職人たちが気づいたようだ。こちらに向かってくる。あとは、オッサンたちに任せよう。


「ほら、リュシー。笑っとけ?」

「……泣いてないもん。」


 リュシーの前で背中を見せるように丸くなると、尻尾をつかむ手が緩められた。両手で顏を隠して、しゃくり上げている。そんなに悲しいモノか。


「リュシー!」

「あ、お父さ、ん。」


 なぜか真上から落ちてきた親父さんの着地は、毛が逆立つほどだった。周りの木までガサガサと揺れるとは……親父さん、強いな。


 親子の抱擁と、同行した職人たちとの合流も済ませる。

 抱き抱えられたリュシーは俺へと手を伸ばすが、俺は木の根元で尻尾を振りながら見送ることにした。

 リュシー以外のメンツは、俺を森に残す腹積もりのようだ。声には出さず、仕草だけで別れを告げていく。



 遠くで黄鳥の甲高い声が上がった。全員に緊張が走る。

 緑鳥が上空へ羽ばたいていく様子が見え、何かが木にぶつかる音も聞こえてくる。黄色同士だとしても、ここでは職人たちが邪魔になる。

 短く吠えると、職人たちの視線が俺に集まった。


 「リュシー、じゃあな!」とだけ言い、森の奥へ走り出す。

 呼ぶ声には振り返らず走りながら、使えそうな物を探していく。赤い実は食べる、木の根元に穴を掘っておく、そして岩に一方向のみ土をかける。岩が少しでも隠れれば良い。


 緑鳥よりも大きな黄鳥は、飛べない代わりに。白に追いかけられる様子は何度か見たが、ほぼ真っすぐ逃げるんだよなぁ……。だからこそのなんだが。

 

 移動しつつ遠くで聞こえる音に耳を傾ける、あのまま進むと川で曲がるはずだ。黄鳥も白も泳げないしな。仕掛けた岩への直線上を確認して進む。

 川の流れは速くて飛び越えられない幅だなと、思った時、ドンっと重低音が響いた。


「何だ? にょわ!」


 音源に振り向いた俺の視界は、接近する白い毛皮に占められた。

 咄嗟に顔を背けた事は幸いだったが、全身を強かに打ち飛ばされる。視界が、ぼやけた。

 体が宙に浮いている間も、川辺を数回バウンドする間も、されるがまま回転しまくった。痛みを感じないもんなん——


 ドボッ!


 ——口を流れ込む水に意識を引き戻される。何だ! 苦しい! 水中で、もがいても浮かず底に着いてしまったが、両足で底を蹴り浮上した。

 水面から顏を出し、大きく息を吸い込む。何番目かに生きている事を実感した気がする。


 ちらっと見えた岩には、狩りの跡と思われる黒い液体が付いていた。きっと狩られ、がぼっ、反対側に上がろう。犬かきで泳ぎきると、体毛から水がしたたり落ちていた。


「っと……白は、いないみたいだな。」


 頭を振り、体の水気は払ったが、打ち身は痛んだままだ。乾くまで穴に入っていれば寒くないが……動けそうにない。

 川辺に横たわり息を整えるが、痛みは引いていかない。早く木陰に隠れたいのにな。

 水流以外の音を探るが、近くには居ないようだ。

 目の前には、工房でも捨てていた青石がたくさん転がっている。目を凝らしてやっと見えるくらいの小さな石は、今までよりも緑がかっていたあおっぽいみどりいろ

 身じろぎするのも痛い、口の開閉で小さな石を咥えるくらいの事しか出来ないとは。


 何とか顏を上げようと歯を食いしばり動かすも、歯に小石が付着し不快にしかならなかった。


「こんな小せぇ石、食ったって足しにならねーよ、クソ!」


 噛み砕いた小さな小さな緑色の光が口の辺りを漂い、俺の体に吸収される。口周りは動かしやすくなった。無駄だな、せめて前足が動けば移動できるのに。

 舌で小さな石を絡め、咀嚼する事しか出来ないのか。こんな小さな石より、大きな石は無いのか? 空しさに耐えながら味も高揚感も無い石を食べていく。


 数回、小さな石を吸収する頃には、首も動かせるようになった。腹に石を入れているような重さを感じる……実際は何も腹には無いのに、だ。


 今更だが、何で石を食ってるんだろうな。小さな石は避け、なるべく大きな石を食っていく。あるじゃないか、黄みを帯びた緑色が! ……あれ? 俺、何で石を見つけて嬉しがっているんだ? まぁ、いっか。


 大きめの石は、噛み砕けない程硬かった。だが表面を少し削っただけで、前足を動かせるまでに回復しやがった。さっきまでのチマチマは何だったのか。それに甘酸っぱい味がする。

 石って味があったんだな……白が食うような岩は、どんな味なんだろう。


 石を少しずつ削る過程で、奇妙な事を発見する。

 黄色い部分を削っているのに、緑色の光が漏れたのだ。見間違いかと思ったが、確かに緑色だった。


 色を付けただろうか。ただ歯で噛んでいるだけだ、付く訳が無い。青石からは青、緑石からは緑。森での常識だ。まさか黄石だけか? と前足で石を回転させている時、前足が滑った。

 あっ、と思った時には足元の緑石にぶつかり、黄色と緑色の光が四散した。


 俺に当たった光の粒が吸収されると、体が温かくなった。おぉ? 何か力が湧いてくる感じ。

 黄石をかじるよりも、黄石で緑石を割った方が吸収するのか……確かめてみるか。

 落ちた黄石をどけると、砕けた緑石が散らばっている。緑色の濃い欠片を叩いていくと、緑色と青色の光が舞った。緑石からは緑と青っと。

 黄石にヒビ割れなどは無いようだ。石の大きさ、だろうか。


「これ、もしかして……黄石は緑と黄を?」


 可能性。

 しろいおおかみは白石を、黄は黄石をかじる。青の俺は、硬くてかじれない。何となくだと思っていた事だ。

 だが、黄石を使えば緑石が割れる。緑石で青石を叩くと、何とか割れた。


 今ある黄石を割るには……。白の縄張りに行けば、白石の欠片が落ちているかもしれない。


「今の俺なら採ってこ——」


 コソコソと盗む事を、なぜか自信を持って考えた時。地面が大きく揺れ、遅れて森がざわついた。かなり奥で白の狩りが始まったのだろう。

 一瞬で、無理だと気づかされた。あんな危ない所行けない。


「——やっぱ止めておこう。逃げ逃げ。」

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