第3話 色から音へ
数十年に一度、採れる鉱石『空色』。価値は国を買えるとまで言われるほど。
半透明の小さな粒を前に、婆さんを含めた職人たちは感嘆の声を上げた。
発見したリオは婆さんに褒められ、隠し切れない緩み顏のまま空色の鉱石を掲げている。
正直、珍しいものではない、と思う。
だから、だろうか……職人たちから目を離し外を見た時、悔しそうな顔をする少年を見つけた。唸りを上げてはいないが、場違いではある。子どもの狼くらいの怖さなので、警戒するまでも無い。
俺が甲高い声で吠えると、ハッとして逃げていった。
「どうしたの? いきなり吠えて。」
「子ども、はし。」
「子ども?」
走る、が言えない。リュシーに伝わらなかったらしい。俺の視線の先を見て「誰かいたの?」と聞いてきたので頷いておく。
リュシーは少し考え、呟いた。
「ここにいない子どもって……もしかしてリュカ君?」
「リュカックン。」
「リュカ、だよ。男の子。」
リュシーの声に職人が数人反応した。リュー坊、と呼ばれているらしい。坊って何だ?
泣き虫リオを目の敵にしている、と教えてくれたが……リオが何かしたのだろうか。
警戒すべきか。森では臭い壁を作っていたが、リュシーたちは臭いに弱いからな。赤い実を最近食べていない。余程、嫌なのだろう。人間同士で争う事があるのか?
俺はまだ、人間の愚かさを知らない。
その日の夕飯は豪華になった。具体的には品目が3品から5品に、リオの好きな魚も大皿で追加された。魚の在庫なんてあったんだな……俺も食いたいぞ。
俺の食事は2皿になった。赤い実は臭撃事件から食べていない。黒パンの焦げた部分と魚の切り身2切れが載った皿を笑顔のリオが運んできたものだ。感謝の気持ち、とは。
空色の鉱石は、婆さんに預かってもらい、明日大きな街で売るそうだ。画廊の村で加工しない空色は売る、と。加工できる技術はあれど、しない事で要らぬ問題を起こさないようにしているらしい。年の功、と言ったリュシーは叩かれていた。悪口だろうか。
騒ぐ職人たちの声は、何を言っているか分からなかった。でも楽しそうだ。小刻みに皿を叩いたり、壁を殴ったりするのは意味があるのだろうか。リュシーは溜め息をついていた。
……人間の行動は良く分からん。でも頬の赤いリュシーからは良い匂いがしている。おさけ、という水を飲んでいるらしい。俺には飲ませてくれないそうだ。甘い実は好きだぞ?
「んくっ、尻尾振ったって、あげないからね。」
「ぬーん。」
「だーめ。」
リュシーもメスのようだ。何人か暑苦しい職人が言い寄ってきては、肩を落として戻っていく。これが人間の求愛行動というモノか、リュシーは誰を選ぶのか。
「はぁーあぁ。」
「るしー、ため息。」
「溜め息もつきたくなるわよ。私まだ12歳よ? 商人とならともかく、職人と一緒になったら出れないじゃない。」
「ぬーん。」
「あ、ごめん。早く言ったら分からないよね。」
うーむ。たまにリュシーの言っている事が分からない。リュシーが言うには、まだね、らしい。今回は短かったのに分からなかった。まだねって何だ?
疑問に思っていると、一つの机から歓声が上がった。職人同士が机に肘を突き、手と手を繋いでいる。腕に力を込めているのか筋が浮き出ている。
「あれは……賭けてるわね。腕力競って何が面白いのよ。」
「リュシー。」
リュシーの呟きを聞き返そうとした時、リオが話しかけてきた。ぬーん。
婆さんから寝るように言われたらしい。今日は一緒に寝たいのだそうだ。職人を煽る歓声を聴きながら、俺たちは部屋を出てリオの部屋に移動した。
「で、何で私が真ん中なの?」
「えへへ。」
「まぁ良いけど。狭い所好きなのは理解できないわ……。」
一人用の寝床にリュシーたちが寝るのは、少し狭いらしい。俺の檻まで寝床に置くから余計に狭い気がする。
壁とリュシーに挟まれるリオは、なぜか嬉しそうだ。まぁ、俺も狭い寝床の方が良いけどな。
人間の寝床は干した草に布を被せたベッドと言うようだ。家や鉱物、料理に服まで……人間は色々な物を作りあげる。森に無い物ばかりだ。
「そうだ、キツネさん?」
「何だ? るしー。」
「リュ、シー、よ。」
「る、しー。」
寝る前の練習。毎日、寝る前にリュシーの名前を言うだけだが難しい。特に「リュ」。
溜め息をついたリュシーが「いつになったら言えるようになるのよー。」と不貞腐れているが、俺に聞かれてもなぁ。舌に聞いてくれ。
リオも呼んで欲しいと言うので発声してみると、言えた。小っちゃい「ユ」が言えないんだよなぁ。
「何でずっと世話してる私の名前は言、え、な、い、の、よ!」
「いひゃひゃ!」(
リュシーめ。怒ると直ぐ頬を引っ張りやがる。リオ、尻尾引っ張るなー! 檻で後ろ足が固定されてるん——いででで!
「いいかがひおー!」(いい加減にしろ)
「うぴっ!」
力の限り吠えると、リュシーは驚いて手を放した。
リオが体を傾けてまで引いていたため、俺は檻ごと転がってしまう。視界がぐるぐると回り、受け身も取れぬまま壁に激突した。
「だ、大丈夫? あー、伸びちゃってるわ……。」
――――――――――
木の軋む音で目が覚めた。音を立てずに周囲を確認する。檻の中、寝床の上、リュシーとリオ、部屋は暗い。音は部屋の外から聞こえてくる。入口の扉を凝視していると、部屋には入って来ず通り過ぎていった。音の感覚から歩幅が狭い事を知る。子どもか?
こんな時間に誰だ? 隣の部屋は婆さんの部屋だったはず……。
森では食べ切れなかった木の実などをくすねる奴がいた。攻撃しなければ、何度でも盗りやがる。だが、今は檻の中だ。檻の縦棒を噛んでみるが、ビクともしない。俺が噛むたびに、より硬い棒にしてるだろ。
「るしー、起きる。」
「ん……なによぉ。まだ朝じゃな——」
「——てき。」
「い……。」
リュシーは寝覚めがよい。俺が扉から目を離さない様子から事態を
リュシーが立ち上がり、何も持たずに扉を開けようとする。小さい声で止めるが、行く気満々かよ。リュシーの近くに行こうにも、檻が邪魔だ。
リオを見ると、口を開けて寝ている……ダメか。仕様が無い。
他の職人に起きてもらおう。背を反り、空気を吸い込む。なるべく遠くへ響くように吠えた。
「ゥワァー! ウオゥ! ウワァー! オッオッオー!」
キツネ独特の遠吠えに、リュシーはビクっと震え止まった。他の部屋から職人たちの声がきこえた。そして真横で何かが落ちる音も聞こえた。壁と寝床の間にリオが落ちたらしい。
隣の部屋から遠ざかる音と人を呼ぶ婆さんの声が聞こえた所で、リュシーは俺の前に戻ってきた。
「皆を起こしてどうすんのよ?」
「るしー、つれるけ。」(リュシー、連れていけ)
「ん? あー、はいはい。リオは……寝てなさい。」
目をパチクリしているリオに疲れたように言うと、リュシーは俺を連れて婆さんの部屋へと急ぐ。遠ざかった足音は、もう聞こえなくなっていた。
婆さんの部屋では複数の職人が歩き回っていた。何かあったらしい。婆さんが床の黒い水たまりに倒れている。職人たちの言う「いしゃ」とは何だろう。
「おばーちゃ……。」
リュシーは檻を床に落とし、フラフラと婆さんに近づいていく。その足取りは、いつになく弱々しいものだった。
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