第1話 さすらいの尻尾

 『言葉』を覚えるのに、何年かかっただろう。




 森から出て、村へ向かえば確実に狩られる。俺は狩りに失敗することもある、青キツネ。

 毎日の食べ物にさえ困り、泥水をすすって生き延びる事もあれば、天敵オオカミやヘビなどから逃げる事もあった。


 その日も食べられそうな草を噛みながら、森の恵みを探していた。? ……狩れると思ってるのか?


 きっと、生まれる森を間違えたに違いない。そう思うほど、森の小動物はデカかった。

 狐が捕食するネズミやウサギでさえ2メートル級のバケモノなのだ……なんか角とか生えてるし。俺の体長が50センチ程度なことを考えても、大きいことが分かるだろう。


 ドンッ


 乾いた破裂音が聞こえたかと思った次の瞬間、血だらけのウサギが目の前に落ちてきた。

 黄色のデカウサギは、瀕死だ。前足が1本しかない。おちて、きた?

 ウサギを狩れるのは、それ以上の獣だけだ。


 背筋が、ぞわりとした。デカウサギを投げた奴がいる、飛んできた方向に。

 森の奥から地響きが聞こえてきた時、体が震えて逃げ出せなくなっていた。


 図体の割には小さな足音で、至近距離まで近づいてきた白い狼は銀色の目で俺を一瞥して通り過ぎた。5メートル級の狼がデカウサギを捕まえる横で、俺は歯をカタカタ鳴らシバリングしていた。

 多分、ちょっとだけ湿ったかもしれない。笑いたきゃ笑え。




 狼が去った後には、なぎ倒された木々と潰れた昆虫などがいた。

 今日は、ごちそうだ。他の動物が寄ってこないうちに離れよう。

 2日分になりそうな塊を咥え、茂みをかき分けて進む。途中で、いつも食べている赤い実を拾い食いしていく。スーっとする清涼感が、獣臭さを消してくれるんだよなぁ……代わりに、出るモノは臭いけど。




 日が暮れた頃、腹も膨れ、寝床にした枯れ木の穴で休む。

 夜の森は危険だ。半透明のヘビが出る。モグラのように目が退化しているようで、土を体にかけておくと襲ってこない。生活の知恵だ。


 非力な青キツネに武器となるような物は無い。爪で引っ掻けば欠け、パンチをすれば自分の前足が痛む。そもそもの次元が違うのだ。


 


本当うー色々間違えてるよなぁうぉうーおぅ……色だけに、はぁおぅー、ぅぅ。」


 自分で言っておいて、つまらなさに凹む。何で生きてこれたんだろなぁ。

 最近になって、安定して食えるようになった事と関係ありそうだ。赤い実を食べ始めた頃だよな……食べ過ぎて腹を壊した記憶と共に、くだんのヘビとの初遭遇をも思い出した。


 



 雨が降っていると、足音も臭いも分からなくなる。十分な備蓄があれば、さまようことも無かったのに。まともに狩りもできない青キツネは、食べ物を求めて歩いていたんだ。

 しばらく歩いた所で食べ物を見つけ、食べていた時、地面から半透明のヘビが出てきた。

 あ、死んだ……と思ったけれど、ヘビは俺の臭いを嗅いで、身を引いた。


 数秒見つめられた後、ヘビが森の奥へと消えていくのを見送った俺は、色々垂れ流してたわけだ。まぁ、カッコ悪い話だ。


 それからは必ず赤い実を食べ、寝床の周りを臭いの壁で囲うようにしている。臭いを嫌がる獣は、近づいてこなくなった。やっと安眠を手に入れたのだ。




 回想に耽っていた俺を引き戻したのは、初めて聞く『悲鳴なきごえ』だった。

 耳をピンっと立て、音を拾う。やけに大きく聞こえた。壁の近くまで来ているかもしれない。

 もし黄色か白なら右後ろに、狭い穴まで走ればやり過ごせるはずだ。

 緑の集団なら左後ろに逃げよう。この寝床は惜しいが、俺では勝てない。谷を降りる狭い足場まで走れば、囲まれることは無いだろう。


 森が一瞬、静かになった。嫌な予感がする。こういう直感めいた感覚が、生き抜くために必要なんだ。気圧される……きっと白だ。

 緑は無い、と見切りをつけ、右後ろに走る。

 後方から狼の声と『悲鳴』が聞こえる、やっぱり白だった! 後ろを確認などせず、掘っておいた穴に潜り込む。俺の体に合わせた狭い穴を進み、行き止まりで息を殺した。


 木が倒れる音、数種類の足音、そして声が何度も聞こえる……まさか、戦っている? 白と?

 地面が揺れるたびに、土がパラパラと振ってくる。生き埋めにならないよう、前足を動かし、空間を作る。早く、終わってくれ……。

 



 一際大きな音がして、静かになった。どちらかが勝ったのだろう。

 恐る恐る外に出ると、周辺の惨状が戦闘の激しさを物語っていた。

 寝床にしていた枯れ木は破壊され、雨風をしのげそうにない。見晴らしの良くなってしまった開けた場所ギャップで、地面のシミに気づく。


 勝った方が引きずったにしては、。白が勝ったからだろうか。

 シミは茂みで途切れている。しばらく待てば、残りカスにありつけるかもしれない。ハイエナのようだが、生きるためだ。


 静かにシミを辿り、茂みの奥へ進む途中には、手袋付きのうでが落ちていた。食いちぎられたのだろう……肉に違和感を覚えながらも噛みつくと、ビクンっと肉全体が脈打った。


『いったぁ! かまないでー! おいしくないよー!』

な、何だう、うぉ!? 生きてんのかおぅお!」


 こわっ! この肉、動くのかよ! 距離を取り警戒するが、襲ってはこないようだ。まだ動いてるけど。黒っぽい皮のくせに、生意気だ。

 飛び掛かり、猫パンチ数発で肉は動かなくなった。俺の勝利である。

 自身の体よりも大きな獲物を得られた俺は、手袋に前足を置き、勝利を噛みしめた。


二日分には、なりそうだなうー、おぅーおう……。」

『……小動物、かな? っと位置は……少し離れてく? あれ?』


 ぬぬ、この肉は往生際が悪いな。

 とりあえず血腥ちなまぐさい所から離れようと、肉を咥えて運ぶ。出来れば狭い穴があればなぁ。

 少し離れた所で枯れ枝を踏み抜く音がした。急いで離れる。


『ん? こっちかな……あ、移動した。』





 しばらく走ると、大木の根元に小さな穴を見つけた。太い根の間に奥が見通せない深さだ。

 周囲には水が染み出る所や赤い実の生る茂み、そして隠れられそうな岩場もある。

 よしよし。

 臭い壁の素をいくつか配置し、穴の中を伺う。敵もいないようだ。

 肉を奥に投げ入れ、赤い実を数回分貯めて食事にしよう。



 良い寝床で良い食事、と肉に齧り付こうと口を開けた時。

 入口から5つに分かれた肌色のヘビ5ほんゆびのしょうじょのてが入ってきた。


「この中? よっ、ほっ!」

のわぁおう! 何か入ってきたぁうぉうおう!?」


 緊急事態である。

 入ってきたヘビは黒くない。柔らかそうだが、鋭利なキバていれされたつめがある。噛まれる、食われる、逃げられない。

 肌色ヘビは見えていないのか、穴の中で地面をガサガサとてさぐりで動いている。

 どうする、どうする! と穴の奥にへばりついて震えていると、ヘビは肉に触れ咥えたうでをつかんだ


 数秒、肉を確かめた肌色ヘビが、凄い速度で外に戻っていった。それにさえビビったのは内緒だ。

 外から聞いたことのある声が聞こえてくる。


「あったぁ、良かったー。ちょっと歯形ついてるけど壊れてないみたいだし。そう、ちゃーく!」


 何だ? 陽気な声が聞こえてくる……。ヘビは、まだいるのか?


 外の様子が分からないので息を殺していると、ブシューという音とともに、入口から白い煙が入ってきた。

 森で煙といえば火事か、半透明なヘビの吐き出す液体だ。吸っては、吸って……は……。

 あれ? 体が動かない……。逃げ……。



 白い煙が充満する穴に、もう一度「腕」が入ってくる。

 まるで見えているかのように一直線に青キツネへと進んでいく。倒れた青キツネは弛緩したまま捕まえられてしまう。

 ズリ、ズリっと穴の外へ。黒い腕を装着した少女が立ち上がる。


「アオキツネ、ですね。こんなに臭くない子もいるのね……売れそう、ふふ。」


 毛並みを撫でながらニヤリと笑う少女に捕まった俺は、画廊の村ゲーレダルトへ運ばれた。

 

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