第6話 ドッジボール 後編

「まさか・・・」

 私はやっと状況を理解した。


 そんな、最初からいたのか・・・


「戦況から一歩引いたところで高みの見物をしながら国力を温存。しかし、ここぞという時に素早く軍を展開する、大国アメリカ・・・」

 二子が遠くで何か言っている。


「桜木さん!!」


 そうか。ドッジボール を開始した時に感じた違和感の正体はこれだったのだ。14人を半分に分けたはずなのに相手チームに6人しかいないように見えたから。

 でも、いたのだ。最初からずっと!

 

 桜木ゆき。

 彼女のことを可愛いと評する人は結構多い。だけど、私は残念ながらそのご尊顔を拝見することはできない。私は彼女の姿を見ることが出来ないからだ。

 

 私の視力は悪くない。桜木さんも私以外の人にはしっかり見えている。だが、どういうわけか私は彼女が見えない。

 

 この現象を説明するのは面倒なので周囲の人には秘密にしている。ただし、誤解を招くといけないので桜木さん本人だけには伝えてある。


 外野から私に向かってボールが投げられた。私は不意を突かれて崩れた体勢を慌てて立て直してよける。ボールはそのまま桜木さんの方へ。


 そして、ボールは私の視界から消失した。

 私は彼女が見えない。そして、彼女が身につけているモノも同じく見えない。だから、彼女が握るシャーペンも、彼女が着ている制服も、彼女が差し出す卵焼きも見ることが出来ない。そして、彼女が手にしたボールも。


「まずいな・・・」

 外野からすれば、3人を撃破した私と、今までボールに一回も触れすらしなかった可憐な女の子の一騎打ち。勝敗は明らかだろう。

 だが、私と彼女は違う。二人だけはこの状況の意味を正しく理解している。

 私の圧倒的な不利。これが国力の差か・・・

 

 目下、最大の問題はボールの位置がわからないこと。ボールが桜木さんの手を離れるその瞬間まで、私はボールがどこから飛んでくるかわからない。おまけに、先ほど私の耳をかすめた球から察するに、彼女の球は速い。かなり厄介だ。


 さて、どうするか?

 ボールの射出地点がわからない以上、なるべく前線から離れるのが得策だろうか?


 いな

 後ろの外野には味方をここまで壊滅させた英仏中率いる連合国軍がいる。たとえ桜木さんの球を避けられても、次は彼女たちに当てられる。


「それならば・・・」

 私は自分の内野の中心に立った。

 妥協的ではあるがこれが得策。桜木さんと外野からの命中率を考慮するとこうなる。

 しかし、問題が一つ。

 パス回しされたら、アウト。

 桜木さんからの球も外野からの球も1回ずつならよけられるかもしれない。だが、それが繰り替えされたらどうなる?私はよけるためにこのポジションを放棄せざるをえない。当たるのは時間の問題だ。ましてや、私を狙うボールはちょくちょく消えるのだ。

 私に残された道は一つ。


「桜木さんの球を取る!」

 パス回しに入る前に必ず止める。大丈夫。桜木さんは私に見られないというアドバンテージを利用して必ず当てに・・・


「山西、後ろ!」

 二子の絶叫。


 私が倒れこむようにして左にそれたのと、背後からの球が私の目の前をかすめたのはほぼ同時だった。


「おしかった〜」

 後ろで佐藤英子が悔しそうに嘆くのが聞こえた。


 ボールはもう消えていた。と、いうことは今桜木さんが・・・

「ねえ、横!」

 今度は片平が叫ぶ。

 え!?


 バコン!


 頭に衝撃を感じた。首から上はセーフなのでアウトではない。体勢を低くしてたのが幸いした。だが、ボールは弾んでしまい取ることはできなかった。


 おかしい。

 さっきから気がつけば外野から狙われている。桜木さんはいつパスを出しているんだろう?彼女のコートをずっと警戒しているから、すぐに気がつくはずなのに。


「まさか・・・」

 私はここでやっと気づいた。・・・上か!

 見上げるとボールが宙高くをコート左側へ向けて落下中だった。

 私はすぐに右側へ逃げる。先ほどの攻撃で左側によっていたので危なかった。


 前にいる桜木さんを警戒するあまり、垂直方向への関心が薄くなっていた。そこをうまく突かれた。


 結論。桜木さんはパス回しも上手い。

 このままでは完全に彼女のペース。

 どうしたらいい?


 ***


 「どうしたの、山西!」

 「おい、正気か?」

 味方が騒然となっている。まあ、そうなるだろう。


 最前線上にきおつけの姿勢でつっ立ってるんだから。


 誰もが勝負を捨てたと思うことだろう。だが、それは違う。私が賭けたのはここからだから。

 私がここに立つことによって桜木さんはもうパス回しをすることはない。彼女はマネキンのように立つ私を当てればそれで勝ちなのだから。


 私はパス回しの封印を、彼女は触れるほどの距離にある的を得た。それはあまりにも不利な交換条件だ。でも、もうこれしかない。

 さあ、桜木さん、勝負だ!


 ***


 コートは異様な静けさだった。永遠と思われる数秒。

 

 ・・・左の外野がかすかに揺れた。


 今だ!


 私は思いっきり左足を蹴り上げる。そして・・・


 ボールを捉えた。


 左足に蹴り上げられたボールは高く高く宙を舞った。

 

「嘘・・・」

 呆然と呟くその声は確かに桜木さんのものだった。


 高くに舞い上がったボールはそのまま放物線を描いて外野へ落下、味方である二子の手の中へ。


「集団的自衛権、行使!」

 彼は叫んだ。

 着弾したボールが地面に着く前に味方が捕球したため、

 山西修子、セーフ。



 桜木さんが投げるタイミングも、狙う場所も、そして、私が蹴った先に味方がいてくれることも、全てが賭けだった。


 そして、私は勝ったのだ。


 ***



 よし、これで私の仕事は終わった、と安堵のため息。では、桜木さんのことを視認できる外野の皆さん、あとは頼んだ!私はのんびりと高みの見物(見えないけど!)でもしようか・・・


「はい、山西、パス!」


 は?


 なぜか二子からボールを寄越された。え?なぜ?


「山西!!」

 二子が私に呼びかける。

「桜木さんはお前がやれ!」

 

 なんで?


「そうだよ。こないだの数学の後のお返しをしなきゃ!」

 片平まで。


 私は先日、数学の授業が終わったあと、桜木さんに『何か』をされた。何をされたかとんと見当がつかないが、現在わかっていることは二つ。


 ・クラスの皆が赤面する

 ・ドッジボール でお返しをしなくてはならない




 ・・・・何じゃ、そりゃ!!!


 そう私はツッコムのだが、味方の雰囲気はとても私のパスを受け取ってくれる雰囲気ではない。皆、にこやかに私を見ている。

 何、このクラスの一致団結は?クラスマッチ優勝しちゃうんじゃないの?

 ・・・それは風紀委員としてちょっと嬉しいけど!


「ほら、山西、早く!」

 え、本当に私が投げるの?

 何?衆人環視で目隠しプレイ?


 ・・・もう、知らない!

 私は目の前の空間にボールを放った。



「きゃ!!」


 その女の子の可愛い声と二子が叫ぶのはほぼ同時だった。


「ゲームセット〜〜〜!!」


 ***


「おつかれ!」


 練習試合を終えて教室に戻るとき、背後から声がした。振り返ると誰もいない。


「おつかれ、桜木さん」


「いや〜、白熱したね〜」


 桜木さんは楽しそうだ。


「桜木さん、ドッジボール うまいんだね」


「まあ、山西ほどじゃないけどね」


 私は桜木さんの声がする方を見つめる。実際には何も見えないので変な感じだけど。


「最後のはわざと?」


 フフっ、と桜木さんは笑った・・・ような気がする。分からないけど。


「さあね」


 それだけ言うと後には彼女が走り去る音だけが残った。


 彼女があの時どんな表情をしていたのだろうか?

 それは今でもちょっと気になっている。


 

               

                 <「ドッジボール 」 end>












 


 

 

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桜木さんの笑顔が見たい 下谷ゆう @U-ske

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