第5話ドッジボール 中編

 試合は一方的だった。先ほどの3人を中心として私たちはずっと逃げ続けている。そして、時々嫌な音を立ててギャーギャー騒ぐ二子の顔面に被弾する。

 いっそアウトにしてやればいいのに。帝国主義って怖い。

「そろそろ、遊びは終わりにしようか」

 佐藤英子は豪速球を放つ。

 ギュン!!

 ボールは二子の肩を直撃。衝撃で二子はバタリと倒れる。ボールは高く舞い上がった。

「まだ、行ける!」

 私は走った。あれを取れば!

 私はそのままヘッドスライディング。舞い上がる砂埃。ボールは・・・

「オォーーー!!」

 味方の歓声が聞こえた。

 ボールは地面に着くすれすれで私の手の中に収まっていたのだ。

 二子信治、セーフ。

「さて、逆襲と行こうか」

 私は砂を払って立ち上がり、二子に手を貸す。

「片平、パス」

「えっ?」

 私は片平にボールを渡した。

「なんで?山西が投げればいいのに」

「いいんだよ。私は専守防衛で。あと、この状況は多分、片平が投げるのが得策だから」

 片平は訝しがりながらもボールを持って最前線へと向かった。

 片平圭かたひら けい。身長、体重ともに平均以下。小柄で色白、かぼそい声を持つ彼にとって体育は決して得意科目ではない。

 そんな彼の超ド級の火力を持つ武器、それは「かわいさ」だ。

 さらっさらっでショートがよく似合う髪、透き通るように白い肌、綺麗で甘い声、見つめた相手のハートを一撃で仕留める大きな瞳。

 そこらの女の子を駆逐できるかわいさを片平は持っている。小さくて可愛い彼を人類は皆「守ってあげたい!!」となってしまう。

 あっ、一つ注意。彼は男だ。ちゃんと付いている。お忘れなきよう。

 前線に立った片平は佐藤英子と向き合った。彼女の方が背が高いので片平が見上げる形になる。

「佐藤さん!」

「ん?」

「女の子を狙うのは卑怯かもしれない。でも、ごめんなさい。うちのチーム負けそうだから!」

 片平は声を張り上げた。それを見て威嚇する小動物を連想した者、多数。片平以外の場がかなり癒された。

 

 トゥンク。

 

 ん?今、敵陣からラブコメの効果音みたいなのが聞こえたような・・・。

「エイヤっ!」

 片平は佐藤英子にボールを投げた。だいぶヘナヘナしたボールを。

 佐藤英子にとって、そのボールは外野の小仏さんから来るパスよりもはるかに弱々しいものだっただろう。

 ボールはゆっくりと彼女に向かっていく。そして・・・

 

 トンっ。


 優しい音を立てて彼女に当たった。

 佐藤英子、アウト。

 彼女は顔をトマトのように赤くしながら内野を後にした。その時に、

 

「あんな、上目遣いは・・・ずるい!」


 という言葉を残したという。


「やった!!」

 一人を当てた片平は万歳して喜ぶ。一同、またほっこり。

「そうだ、相手が連合国軍なら・・・」

 二子は何か思いついたようである。私と片平は振り返った。

「俺たちは同盟国軍になろう!」

「いいね〜!」

 興奮した片平も乗ってしまった。

 ・・・ねえ、それって死亡フラグじゃない?


 ***


 ドイツこと片平がバンバン(?)当て、それに負けじとイタリアこと二子も相手を当てる。枢軸国側の猛攻によって連合国側の人員は次々と減っていった。

 一方で私は球拾いに徹する。二人が投げてくれるなら任せておいたほうが楽だ。

「山西も投げたら?」と片平。

「ん?私はいいよ。今、満州権益で忙しい」

 戦況は枢軸国側優勢だった。そんな時、事件が起こった。

「刮目せよ!バク宙キャッチ!」

 外野にいる味方からのパスに対して二子が空中で宙返り!どよめく試合場!

 そして、見事に空中でボールをキャッチ・・・・そこまではよかった。そこまでは。

 ボールを受け止めてバランスを崩した彼はそのまま地に落ちた。

 一同は倒れた彼を心配するよりも前にこう思った。


「「え、なぜ、飛んだ?」」

 

 現場が私たちの内野と外野の境界線の近くだったこともあって、二子の墜落の衝撃でボールは外野に出てしまった。

 そんなことは知らず、二子が地面に倒れていると、急に日差しが遮られた。

 なんだろう?彼がまぶたを開けると、そこには人影が立っている。

 それは、ボールを持った佐藤英子の姿だった!!

 彼女は倒れた二子を困ったように見つめる。


「・・・ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの」


 二子は全てを悟ったような顔をする。そして、ニコリ。


「・・・笑えばいいと思うよ」

 

 どすっ!!

信治シンジくん!!」

 私は思わず叫んでしまった。だが、もう全てが遅かった。


 イタリア(二子)、無条件降伏。


 佐藤英子は二子から跳ね返ったボールをすぐさま味方へパスする。

「くっ、速い・・・」

 気がつくと敵陣から私の元へボールが発射されていた。よけられない!

「危ない!」

 ボールは片平に当たった。相手と私の直線上に両手を広げて割り込んだ彼の背中に。

「片平!なんで!」

 片平は内野を後にしながら言った。決して振り返らずに。

「強いていうなら、集団的自衛権、かな」

 ・・・君たち、その設定大好きだな。

 

 ドイツ(片平)、無条件降服。


 ボールは片平の犠牲によって自陣に残った。

「私がやるしかないのか」

 専守防衛は一旦忘れることにした。


 ***


 私は孤軍奮闘して二人当てることに成功した。そして、両陣営残ったのは二人ずつ。こちらは私。相手は二子を当てたことで復活した佐藤英子だった。そして、ボールは今、私が手にしている。

 そんな私に佐藤英子は呼びかける。

「よく、頑張ったじゃない、日本ジャパン。でも、極東のイエローモンキーが大英帝国を倒すことはできるかしら?」

 ・・・あんたもノリノリだな。

 まあ、相手は二子曰く『神の右腕』を持つ最強の戦士。『真面目風紀委員』くらいのステータスしかない私がまともに戦っても勝ち目はない。

 だが、秘策がある。

 私は佐藤英子と向き合った。

「・・・いくよ」

「いつでも、どうぞ!」

 彼女は余裕しゃくしゃくの表情。

 「あれっ?」

 私は彼女の後方、自分たちの味方がいる外野の方へ視線を移した。


「ちょ、ちょっと片平!?なんで急にメイド服を着てるの!?」


 私の一言に一瞬の沈黙。そして、すぐに騒然となった。


「「えっ、え〜!!なにそのご褒美!!!」」


 その場にいた全員が思わず振り返る。

 もちろん、佐藤英子も含めて。

 ニヤリ。かかった!


 トンっ。


 優しい音を立てて彼女に当たった。

 佐藤英子、再びのアウト。

 彼女は顔をトマトのように赤くしながら内野を後にした。その時に、

 

「だって、そんな、見ちゃうじゃん・・・」


 という言葉を残したという。


 ***


「勝ったーー!!」

 私は高らかに拳を天に突き上げる。みんな、私、やったよ!

 甲子園出場の切符を手にした球児のように、私は幸せを噛み締めていた。そんな時だった。


 ヒュン!


 私の右耳を何かがかすった。

「えっ!?」

 振り返ると、外野にいる敵チームの人がボールを手にしている。

「なんで・・・」

 全員当てた。これで終わりじゃなかったの?

「おーい、山西!」

 味方の外野から声が聞こえる。

「気をぬくなよ〜。まだ、終わってないぞ〜」


 だから、なんで?相手のコートにはもう誰もいないじゃん!!


             <後編に続きます>













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