親父が生命保険に入った。

親父が生命保険に入った。たしかに土木作業員は危険な仕事だが、親父は死んだあとはどうでもいいという考え方だったはずだ。不思議に思い何故生命保険に入ったのかと聞くと、

「お前の反応が気になったからだ」

と言われた。親父の言うことはたまに意味不明だった。

「ふうん、そう」

僕は興味無さそうに応えた。こういう時の親父は何を聞いても笑うだけだったからだ。

翌日、僕は7時くらいに学校に行くために学校の坂を登っていた。鞄に付けられた灰色のキーホルダーが揺れる。僕はため息を吐きながら足を動かした。。

靴を履き替え、教室に入る。途端、凍てついた視線が僕を刺す。僕は足早に歩き奥にある自分の席に向かう。もう視線はない。が、氷のような雰囲気はまとわりついたままだった。

隣の席の鞄を見ると、銀色のキーホルダーが淡い光を放っている。それを見て、僕はまた短くため息を吐いた。そう、このキーホルダーこそ、このおぞましいほど冷徹なクラスの、学校の秘密だ。

この学校、彗嶺学院中学校では、勉強の成績、また素行によって階級わけがされている。それは学食や先生の態度にも影響するため、階級が低い者は酷い待遇を受ける。階級は上位から白金、金、銀、銅、灰色とされており、階級ごとにその色のキーホルダーが渡されるのだ。現在、僕は最低階級の灰色だ。今朝の視線も恒例行事のひとつである。

チャイムがなり、同時に剛田先生が入ってきた。剛田先生は常に嫌味ったらしい(僕に対して)のが鼻につくが、空手で黒帯だったり武術のシステマを体得したりしているので、周りから文句は出ない。いつものように僕をダシに快調なトークを3分弱。気怠い朝の始まり方だ。僕が聞き流していると、その態度が気に入らなかったらしく、呼び出しをくらった。仕方ないので、HRが終わってすぐ職員室に足を運んだ。

「お前、俺の話の途中上の空だったが、ちゃんと話は聞いていたのか? え?」

威圧的な物言いに僕は、

「はい、聞き流していました」

素直に返した。すると、

「灰色が調子に乗るなァ! こっちはお前みたいなやつのためにも働かされてるんだぞ!有難み持って聞けや劣等生!」

剛田先生は叫んだ。かなり幼稚な言い分だ。嫌味に対して有難みを持つなんて無理ゲーだろう。

その後も説教は長々と続いた。僕は慎重に聞いているフリをしながら、人の評価ってどこになんの意味があるのかと延々考えていた。結局その日は放課後に反省文を書かされた。家に帰ると、学校から今日の事で電話がかかったらしく、こっぴどく叱られた。

翌朝、僕は母さんの悲痛な叫びで目が覚めた。叫びの内容から親父が仕事で事故って危ないということが聞き取れた僕は、頑張って母さんを落ち着かせて病院へと向かった。

逸る気持ちを抑え病室へ。そこには見るからに虫の息な親父がいた。親父は明るい口調で

「俺、もう少しで死ぬかも」

と言った。心臓が壊れそうだ。僕は、

「なんで生命保険に入ったんだよ? それだけ教えてくれ」

と叫んだ。それがずっと気になっていた。すると、

「生命保険っていうのを俺は生きたことへの評価だと考えている。けど評価ってのァな、その人が生きていたっていう証なんだ。俺はここで生きたんだ! と思えれば、俺は満足さ。それにそれが良い結果だった方がなお楽しいだろう? だから俺は努力したんだよ」

と言った。何も言えなかった。固まった僕の視界で親父はニカッと笑った。それを最後に、親父は静かになった。母の嘆きが遠くに感じた。

後日、母が保険金を受け取ってきた。沢山の数字の書かれた通帳を前に、親父が自慢げに笑ったような気がして、僕は涙が出そうになった。




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