きゅっきゅちゃん、三十二匹目

 -八番街-は不夜城……眠らない-街-として有名らしい。

 中央区、歓楽街は人の行き来が消えることがない。

 澪夢がいうには、この-街-は首都である-1番街-の次に人口が多く、この国で一番金が回っている-街-らしい。


「あ」

 ふと、思い出した。

 そういえば、中央区のArkにはそれはそれはすばらしい温泉テーマパークがあったような。

 基本的にArkは前世でいう市役所的な場所なのだが、澪夢がこだわった社員銭湯が、まぁ……こだわりすぎた結果、温泉テーマパーク化してしまったので、一般にも解放されているのだ。

 えーと、1日券が600リーブだったか……割り高だが、入る価値はある。

 ……の、だが。

 今日はきなこには内緒にしておこう。

 温泉だけで時間がつぶれるに決まっている。

 あと、ペット同伴OKだったか、自信がない。

 サイトで調べなければ……。

「きゅきゅん?」

 案の定、俺の声に反応したきなこ。誤魔化しに頭を撫でたらフスッと息を吐かれた。

 それ、怒ってるのか?


 とりあえず、ペットショップに直行することにした。


 ペットショップはほどほどに賑わっていた。

 これ、みんなペット飼ってる人たちなんだろうか。

 客を横目に俺たちはベッドコーナーへ向かう。

「とりあえず、ベッドを購入しようとおもうんだけど……どれがいい?」

「きゅきゅん?」

 きなこを床に下ろしてやる。

 きなこは俺を見て、首を傾げていた。

「きなこ専用のベッドを、な? ちょっと一休みするのにもいいだろ?」

「きゅきゅーん」

 俺の言葉に納得したのか、きなこはベッドの方を見る。

 大型用から小型用、子供用など多種多様、色とりどりのベッドが置いている。

「これから暑くなるから、ひんやりするベッドとかもあるぜ?」

 きなこはクリーム色が好きなようだから、クリーム色の、接触冷感の布が使用されている猫用ベッドをきなこに見せてやる。

 大きさはちょうどきなこがすぽっと収まる程度。

「きゅきゅ? ……きゅきゅーん」

 手でさわったとたん、溶けた。

 とろーん。

「きゅっきゅ、きゅきゅちゃん」

 気に入ったようだった。

 それと、普通のふかふかした猫用ベッドと、毛布とタオルケットを買うことにした。

 もちろん全部クリーム色。

「そういえば、猫っぽいけどキャットタワーとかは好きなのかね?」

「きゅきゅちゃ?」

 ふとおもったので、キャットタワーがある場所につれていてやる。

 この世界でも、犬や猫は人気のペットらしく、ペットショップでも犬や猫用品がたくさんある。

 動物病院も犬猫専用が目立つくらいだ。

 かわいいもんなぁ……。きゅっきゅちゃんには負けるけど。

 ほんと、前世要素が目立つ。

 まぁ、店員さんなんか機構天使だし、客も人間よりエルフや竜人、獣人のほうが目立ってるし、冒険者なんか武器を装備してるから異世界だって認識できるんだけど……。

「きゅきゅーん」

「って、あれ?」

 やけにきなこの声が遠い、と思ったら手元にきなこがいない。

 回りと見渡すと……いた。

「きゅきゅーん」

「はい。……いいえ、マスターはここにはいません」

 きなこはどうやら店員の機構天使に話しかけているようだった。

 ……機構天使は言ってることわかるのか……まじか。

「きゅきゅきゅーん」

「いいえ、きゅいきゅいさんなる商品は存在しません。……違う、ですか?」

「きゅきゅきゅきゅきゅ……」

「はーい、店員さん困らせないのー」

「きゅー」

 きなこを抱えると、残念そうに声を挙げた。

 それに機構天使が首を傾げる。

 滑らかなエメラルドの髪は肩甲骨を隠す程度に延びていて、大きな翡翠の瞳。白い肌、身を包んでいるのはこの店の制服か。

 背中にトンボのような半透明の翅が4枚。

 これまた淡いエメラルド。全体的に緑な機構天使だった。

「なるほど、マスターはあなたでしたか」

 感情のこもらない声で店員さんが頷く。

「ご迷惑をおかけしました」

「いいえ。大丈夫です。ところで、お目当ての商品はございますか?」

「色々見て回っている途中です。気になることがあれば聞きますね」

「わかりました。よりよい時間をお過ごしください」

 そういって店員さんが離れていく。


 機構天使は、この-街-ではメジャーな種族だ。

 機構……つまり、カラクリ。……一応機械族の一種だけど、女性しかいない。

 どこで産まれ、どのような種族なのか、よく分からない存在なのだけど、わりとこの-街-に馴染んでいる。

 まぁ、きゅっきゅちゃんなんて不思議生物もいわかんないのだし、この-街-はそういう-街-なんだろう。

「きゅきゅちゃん」

「ん? どうした、きなこ」

「きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅちゃーきゅきゅちゃ」

 マシンガンのように鳴いているけれども、何を言いたいのかあんまりよく分からない。

 とりあえず、頭を撫でてみたがきなこは鼻を鳴らしただけだった。


 機構天使は不思議な存在だ。

 大体人型で、獣耳や翅、もしくは翼、または尻尾、それに機械らしいパーツがついている。

 完全に人っぽい存在もいるけれど、機構天使は押し並べて目が機械っぽいのでそこらへんでも区別できる。

 社会……というか、人に奉仕しないと自壊する種族らしく、-街-なしでは生きていけない……らしい。

 大部分は店などで住み込み、店員として働いているが、軍属している機構天使も少なくない……というか、この-街-の正規兵は大体機構天使だったりする。

 噂では、-街-の外で産まれて、この-街-にやって来るらしいけれど……本当だろうか。

 

 まぁ、なんにせよ。機構天使はこの-街-に必要不可欠な存在だけれども。


 ベッド2点と、毛布、タオルケット、それに昨日買った皿と同じものを数枚購入し、自宅へ送ってもらうことにした。

 ……流石に俺一人じゃ持ちきれないし。

「数日は俺と同じベッドで寝るはめになるな」

「きゅきゅん」

 結局、キャットタワーは買わずに出てきてしまった。

 ……お腹が減ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る