きゅっきゅちゃん、三十三匹目

「昨日は和菓子だったから、そろそろまともな定食が食べたい」

「きゅっきゅちゃー……」

「しかしだな、きなこ。俺は歓楽街、よくわからんのだ」

「きゅきゅーん」

 俺の腕に抱き抱えられたままのきなこは、俺の声に反応して相づちを打ってくれる。

 そして、フスッと鼻息を吐かれた。

 呆れなのか、諦めなのか……。

 いまいち、きなこの感情を察するのは難しい。

「そういえば、俺、三連休だったんだけど。明日から学校なんだよなー」

「きゅきゅん?」

 俺の顔を見上げて首を傾げるきなこ。

 三連休という言葉がわからないのか。

 そら、きゅっきゅちゃんに働くとか学校とかいう概念ないよな……たぶん。

「朝から夕方までいないの。だから、きなこはおるすばんな?」

「きゅー……」

 フスッと息を吐き、きなこは俺をよじ登ってくる。

 30cmほどの体は思ったほど重くない。

 触手のような手を伸ばしよじ登る様は……まぁ、かわいいというよりは奇妙だが、好きにさせる。

「きゅきゅー」

 肩までするすると登ったきなこは俺の頬に頬擦りしてくる。

 極短毛の体はすべすべで。

 ほのかに暖かいのが気持ちいい。

 ……やっぱ、かわいいなぁ、もう。

「お出掛けもしばらくはお預けだし……ここは一つ美味しいお店を探したい」

 まぁ、ほんとは本日のお出掛けは予定になかったのだけど……せっかくのお出掛けである。

 こう、うまい定食をだなぁ……!

 できれば、鯖。青魚……焼魚が食べたい。

「きゅきゅきゅっ」

 きなこもテンションが上がったらしく鳴いてくれる。

「が、検索しようもないので、ここは一つ。詳しい人を召喚しよう」

 こう、某検索エンジンみたいな使い方は不得手なのだ。サテライトは。

 例えば「魚のうまい店」とかで検索すると、鮮度の良い魚屋さんまで引っ掛かる。

 ので、やっぱり現地に詳しい人を呼ぶ方が、確実なのだ。

「きゅきゅ?」

 俺はサテライトを呼び出し、そのまま音声チャットを起動させ……


 ……


「そして俺を呼ぶのか」

 深海もかくやな深い青の瞳で半ば睨むユウキは、怒っているというよりは、呆れているようだった。

「暇だろ?」

「暇じゃないんだがなぁ……一応これでも神様だぞ……」

 はぁ……と深くため息をはいてユウキが呻く。

「でも来てくれるのな。おやさしー」

「……ま、神様としての仕事なんてほぼ片手間だしな。俺を主神として祭ってる場所なんてそれこそ神域しかないわけで」

「やっぱ暇なんじゃない。……で、神域って?」

 ついでに、神域とは、そのまんま。神様がいる場所のことだ。

 次元が若干ずれているらしく、性質状は異世界と違いがない。……というか、神域はその神様が自由にできる空間なので、パンドラの法則が通じないことも多々ある。……パンドラに準じている神域もあるけど。

 で、ユウキの神域とはどれだ? と尋ねた訳だけど……

「あれ」

 とユウキは上空を指す。

 つられて見上げれば……

「なにもありませんがな」

 青空に白い雲。

 後は……遥か上空を漂っているらしい浮遊都市の影があるだけ。

 神域っぽいものはどこにもない。

「いや、浮かんでるだろ。島」

「浮遊都市が? なに?」

 言いたいことがいまいちわからなくて、俺は眉を潜めた。

 きなこも首……らしいところを捻っている。

「だから……浮遊都市。-十三番街-が、俺の神域……」

 

 ……


 ……はい?


「俺……魔術の神様だけどさ、ほら……創造神でもあるわけでして。まぁ、島くらいほいほい産める訳で……そもそも俺……の本体……この世界自体を創造してるしな? 分けても権能は残ってるわけでして……大陸くらいは軽く産めるわけでして……」

 もそもそと照れつつ言い訳じみたことを口走るユウキ。もじもじと身じろぎしているのが妙にキモい。

「大陸っつーたな?」

 が、俺はそれより浮遊都市……ユウキがいうには-十三番街-が気になった。

 アルヴェリアの地図に存在する国は全部で11個だ。首都の-一番街-から始まって、前世でいうアメリカ辺りにある-十一番街-が最後。

 なのだが……

 -十三番街-というからには……あるのか、-十二番街-

「ぶっちゃけオーストラリアくらいあるから全域で」

 と、ユウキは空を見上げつつ呟く。

「うへ」

 結構距離あるんだな……小さく感じてたけど、実際はめっちゃでかいのか。

「つっても、-十三番街-は機構天使と食用人間しかいねーよ」

「ん? 食用?」

 聞き捨てならない言葉が……

「知らんのか……食用人間」

 ユウキが目を瞬いて呟く。

 この世界には、多種多様な種族がある。

 ドラキュラ、ドラゴニュート、セイレーン、マーメイト……エルフにワーウルフをはじめとする獣人……鬼、ドライアド……ドワーフ、コボルト……エトセトラ。

 まぁ、鬼やらドラキュラがなに食ってるか不思議だったが……そうか、食用人間。

「食えるの? 人?」

 首をかしげて訪ねれば、ユウキが苦笑を返した。

 きなこが肩の上でガタガタ震えている、いや、きなこは食わないって。

「人食い種族専用だから、お前は食わない方がいい。クールー病になっても知らんぞ」

「あ、やっぱ普通に人間なんだ」

「んー……食用としてある程度品種改良されてるけどなぁ……やっぱ人間だな。教育したら喋るし?」

「あぁ、そう……」

「見る?」

「またの機会で」

 いまの俺には刺激が強そうだ。

「まぁ、食わなきゃ機構天使とかわりねーな……」

「あぁ、そう……」

「きゅっちゃぁ……」

 きなこがにょーんと両手を伸ばしてユウキの肩をつかむ。

「お?」

「きゅっきゅちゃん」

 軽い反動をつけてユウキへ飛び移るきなこ。

「わりと、きなこ……ユウキが好きだよな」

「好かれてたのか」

 意外、とユウキが呟き、それからきなこの頭を撫でる。

「きゅふぐ……」

「なんつー声挙げてんだよ……つか、飯だったな……」

 あ、俺も忘れてた。

「あぁ、そうそう。うまい焼き魚を提供してくれる店を教えろください」

「命令なのかお願いなのかはっきりしてくれ……じゃぁ、酒椿のところ行くか」

 嘆息し、呆れつつ提案してくるユウキ。

 さっすがー。やっぱ知ってる人に聞くに限るな!

 だが。酒、ねぇ……。

「酒は飲めないぞ」

 半目で訴えれば

「俺が飲むから無問題。つか、純粋にランチがうまい」

 ライス大盛り無料だしな。

 といいつつユウキが歩き出す。

「お前、米好きなの?」

 ライス大盛無料に反応して俺が首を傾げる。

 病弱な時の彼しかしらないので、食の細いイメージしかなかったのだが。

「米の汁は好き」

 きっぱり即答してくる。

 米の汁って……。

「ぽん酒じゃないですかーヤダー」

「きゅちゃー」

 きなこも飽きれてか声を挙げる。

「きなこ、ハルトの真似しなくていいからな?」

 しかしユウキはきなこに突っ込んだ。

 真似?

「きゅちゃ?」

 首を傾げつつペロッと赤い舌を出すきなこ。

「真似だったのか」

 きなこ、そういうかわいいこともするのな。

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