きゅっきゅちゃん、二匹目

 そこでふと、優樹の隣に黒い少女がいることに気付いた。

 幼い、10才にもなってなさそうな、人形のような少女だった。

 優樹と同じように、気づいたら現れていた。

 さっきまで、いなかったはずなのに。

 黒銀に輝く長い髪を、銀の刀をモチーフにした簪と、鬼灯をあしらった簪で束ねている。

 赤い瞳は切れ長で、ややつり目。長い睫毛が縁取っている。

 まっしろい、しかし健康そうな肌。華奢な肢体を包む漆黒の着物に赤い帯。

 腰に赤と黒の長い組紐を3重に巻き付けていた。

 そんな彼女は、俺を見て、コテリ、と小首を傾げる。

 そんな彼女につられて、俺もまた首を傾げた。


『え、ちょ。タチバナ君? 聞いてる?』

 と、優樹が俺の視線を辿って、彼女に気付いた。

 彼女と、優樹の目が合う。

『げ』

 刹那の間もおかず、優樹の顔が歪み、仰け反り、逃げようとし……失敗した。

 少女が目に止まらぬ早さで優樹の腕を掴み、引き寄せ……

「逆背負い投げ!?」

 俺が驚いて技名を叫んだ瞬間だった。

 凄まじい音がした。

 なんというか、鳴っちゃいけない音がした。

「にげるんじゃ、ありませんよ」

 そして少女は、冷ややかに吐き捨てた。

 優樹は目を回してくたばっている。

 ……ウワ、ヨウジョツヨイ……


 そして彼女は俺へ向き直る。

 小首を傾げて「ユウキの友達ですか」と呟いた。

 友達ってほどの仲でもないんだけどなー。

「違うのですか。クラスメイト? 似たようなもんでしょう」

 なんて、彼女は吐息を吐く。

 幼いわりに、大人びた響きの声。

 うーん。実年齢=見た目ではなさそう。

「そーかなぁ……」

「そうですよ」

 それからまた、吐息。

 嘆息といっていい。

 すんげぇ、冷めた子だなぁ……

 クール系? いや、ダウナー系か?

「で、何で、あんなことを?」

 目を回している優樹を指差して俺が問えば。

 彼女は首を傾げた。

「知りたいですか?」

「いえ、いいです」

 聞かない方がいい部類のやつっぽい。

 そう悟った俺は、別のことを質問することにした。

 つまり

「俺、これからどうなんの?」

 彼女は俺をみた。

 透き通った、しかし深く、底の見えない、闇を称えた紅い瞳が俺を射抜く。

 その瞳は、しかし何も映していない。

 何の感情も映さないその瞳は、まさしく人形のようだった。

「どう、したいです?」

「へ?」

 まさかの返答だった。

 どう、したい……か。

「貴方、パンドラに生まれ落ちるはずが、こんな狭間に迷いこんでしまったんですよ。今は……まぁ、生まれる前のモラトリアムと申しますか」

「はぁ」

「こんな場所はこりごりだっていうのなら……パンドラに案内しますけど?」

 小首を傾げて、何でもないように問いかける彼女。

 そういえば、名前聞いてないな。

 でも、その前に。

「あんたらって、ずっとここにいるの?」

「そうですよ? それが役割ですから」

「寂しくない?」

 こんな何もない場所で二人って。

 ……それとも二人以外にもいたりする?

 そんな俺の問いに、彼女は眉をしかめた。

 ……ん?

「……なるほど、貴方……ユウキの友達ですね」

 いや、いうほど仲良くなかったって……。

 会ったのも数回だし……。

「ゆうきが連れてくるわけですねぇ……」

 はぁ、と幾度目かの嘆息を付き、それから俺をうろんげな目で見た。

 飽きれ、諦め、そんな感情すら混ざった色の瞳で俺をみる。

「不老不死、永久成長、天武の叡知……状況適応……に、因果率予測、黄金比……あ。千里眼も持ってるんですね。うわ、それ栄光の御印まであるのですか……生まれる時代今でよかったですね……下手すりゃ勇者に仕立てられてる」

「なにそれ」

「なにって……貴方のスキル……まぁ、貴方自身は知らないで当然ですけどね。この世界、スキルが見えるのは一部の神族だけですので」

「スキル?そんなあるの、普通」

「ないのが当たり前です」

 即答で返された。

 ないのが当たり前なのか。

「私も、この体になって気付いたんですけど、ね? 大抵の人間はスキル、持ってないんですよ」

 そういい、彼女はその場に腰を落とす。

 それから、俺にも座れば? と勧めてきたので、俺もその場に腰を下ろして胡座を掻いた。

「スキルというのは、常人ができないことを指すんですよ。例えば不老不死、老化もなく永遠に成長する永久成長なんかも、そう。普通の生物はある程度でマイナスに成長……老化が来ますから。だから、あっても1つ2つが普通で。7つもある人間なんてまぁ、いないですよ。今の世界」

「つか、俺人間なんだ」

 驚きだった。

 転生先でも人間いるんだ。

 ……ん? なんでナチュラルに人間以外に転生できるかもって思ってたんだろう?

 ようよう考えると不思議だ。

「そうですよ。人間。人間なのに、不老不死ですから……生きづらいでしょうねぇ……」

「そなの?」

 実感が全くわかないせいか、首をかしげる他ない。

 つか、不老不死。不老不死かぁ……

 老いず、死にもしない。うーん。もとの世界だったらまぁ……えらいことになるか。

 異世界ももとの世界もあんまり変わらなかったりするのかねぇ……えぇ……転生する意味……。

「この世界の人間、貴方が元いた世界の人間とほとんど変わらないんですよ。なにもかも。ただ、魔法があって、他の知的生命と交流するのが当たり前っていう概念があるのと、数が圧倒的に少ないだけで」

「少ないんだ」

 多少ファンタジーな香りはするけど、もとの世界と似たようなもんな気がしてきたぞ……。

 まぁ、強くてニューゲームな分、楽しまなきゃ損だろうけど。

「人間の総人口10万も満たないですよ。ついでにパンドラの総人口は約10億です。知的生命……共通言語を操れ、文明を築けるレベルの種族の総数が約10億って話ですから……少ないですよねぇ……」

 地球と同じ大きさの星なんですけどね。

 なんて彼女は苦笑する。

「何でそんなに少ないんだ?」

「戦争があったのです。意思あるものと、意思のない魔物との……長い、戦争が」

 そういう彼女は、優樹を見た。

 ごみでもみるような目で。

「大体こいつのせいなので、蔑むように」

「えぇ……」

 優樹なにしてんの……。

 彼女が足で優樹の脇腹を蹴突く。

 扱いが雑ぅ……。

「おら、いつまで寝てんだ。起きなさいよ」

 寝か……いや、気絶させたのあなたでは……

 なんて口が裂けても言えない。

 あ。意思が駄々漏れだったんだっけ?

 しかし幸いなことに彼女は気にしていないようだ。

 優樹の脇腹をやや乱雑に蹴突いている。

 乱暴ぅ……。

 青い顔した優樹が目を覚ましたのは少し経ってからのことで、彼女は目覚めるまでずっと蹴突いていたのは内緒の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る