きゅっきゅちゃん、三匹目

『……おはようございます』

 めっちゃ青い顔した優樹が呻くように言った。

「災難だね?」

 思わず言えば、優樹はたはは、と力なく笑う。

『まぁ、これも愛ってやつで……うぅっ……』

 サメザメと泣きながらうわ言のように呟く優樹。

 大丈夫か?

「優樹、ゆうきは呼び戻さなくていいのですか?」

『あー……そだね。そろそろ……っていうか、ばれてた? 投げられたのはソレのせいかぁ……』

 頬を描いて、困ったように笑む優樹に、蔑みの目線を投げる彼女。

 そんな彼女に優樹はさらに苦笑を深めた。

 尻にひかれる系ですか。まぁ、そらな。

「あんまり、あの子に危ない橋渡らせないでくださいよ?」

『へーい』

 気のない返事をしてから、優樹は俺を見た。

『で、なんか教えてもらった?』

「特に何も」

 答えたのは隣にいた少女で。

 彼女は気だるそうに目を細めていた。

 あ、感心失せたな?

 猫みたいな少女だ、と思わなくもない。

『澪夢にしては珍しい』

 目を瞬いて驚く優樹。

「総人口と彼のスキル教えただけですよ」

『あぁ……あれはマジすんませんでした』

 ガクリ、と頭を項垂れる優樹。

 え、優樹まじなにしたの。

『転生すりゃわかるよぉ……もうボクに直で傷えぐることしないでぇ……神族のユウキ(ボク)にも魔神のゆうき(ボク)にすらボコられた後だからぁ……』

 よよよと泣きだす優樹。

 まじ、情けなさすぎる姿である。

 っていうか、自分自身にもボコられるって、どういうこと?

「優樹がもはや人でないってことは……ご存じですよね?」

 俺の疑問が透けたのか、澪夢が口を開く。

 って、思念駄々洩れだったんだった。

「そりゃ、まぁ……」

 なんとなく?

「この阿呆、魂の質量がとんでもないことになってるので、パンドラに入れないんですよ」

『だから、パンドラに観光しに行きたくて、魂を3分割して、魂の大部分をシステムのボクに残して、記憶……っていうか思い出というか。本来の人格を神族のユウキに切り離して、残りカス……失礼、バランスとるために魔神のゆうきも作ったわけ』

「残りカスっつったぞこいつ」

 心底頷いて蔑みの目を投げる。

 それに澪夢さんが「女の子に対して、さいてー」とか言ってる。

 魔神のゆうきって子は女の子なのか。

 優樹から分離してるのに。何故、why?

『ごーめーんーってー』

「思ってもないことを」

『いや、アレでもボクな訳だし。って、おかえり』

「最低なごみクズの優樹(わたし)はさておいて。わあ、こんな表層に澪夢が出てくるなんて、珍しくないですかー?」

 声がした。高い……というか、幼い声。

 銀色の髪を腰まで伸ばした、紅い瞳の少女。

 俺を、ここへ飛ばした張本人。

「ゆうき、おかえりなさい」

「ただいまですよぉ」

 にこにこと笑いながら澪夢のほうへ近寄っていく。

 しっかしこいつら……どっから現れてるんだ?

 つか……澪夢と、魔神のゆうき……似てるな……。

 いや、魔神のゆうきの顔のパーツは優樹をそのまま少女にしたような感じなのだが……雰囲気というか、オーラのようなものが、似ているような……?

『久しぶりじゃないかなぁ、こう、みんなが揃うの』

 優樹が和やかに笑う。

 それに澪夢が吐息を溢した。

「ゆうきも戻ってきたし……戻ります」

『ありゃ……タチバナ君見送らないの?』

「どーせ、向こうの私が関わるでしょう?」

 そう言い残して澪夢が煙のように掻き消えてしまった。

 この場所が異常なのか、彼女が異常なのか……その両方か?

「えー、澪夢行っちゃったですかぁ……じゃぁ、わたしも行くですぅ」

『え、お前もか』

「はいな、タチバナ君とはもう会わないですけどー。まぁ、あんまり興味ないですしぃ。記憶もないわたしにとっては他人と一緒ですぅ……」

 言いながら消えていくゆうき。

 まぁ、あそこまで面影がないと確かに、他人だよな。俺もそう思う。

『紹介し忘れてたけど、澪夢は優樹の嫁で、魔族のゆうき(ボク)はボクの半身にして澪夢と神族のユウキ(ボク)の娘(予定)だから』

「は?」

 え、何? 何つった?

『現実世界絡めるとちょー複雑だぜ? 澪夢は高藤優樹の兄の嫁の連れ子……つまり義理の姪だから』

「……えぇ……」

 なにそれ複雑ぅ……

『でも好きになっちゃったしぃ、しょーがないよねー』

「でも嫁かぁ……16才だよな?」

『あ、そうなの? ボクここに堕ちたの15の時だからなぁ……っていうか、濁天のヒュウマってどうなったの?』

 濁天のヒュウマ……あー、週刊雑誌に掲載されてた漫画かぁ。俺あの雑誌買ってないんだよなぁ……でも確か……。

「先週完結したぜ?」

『あ、まじで? プレスコ! は?』

「去年の冬打ちきりだったかなぁ」

 自信ねーけど。

『それ、神族のユウキ(ボク)に教えてあげて』

 妙に沈んだ声で言う優樹。

 えぇ、そんな落ち込むぅ?

「15のときに来たって……プレスコ打ちきり後じゃねーの?」

『漫画読んでる場合じゃなかったの……後半は』

 項垂れ、どんよりと雲を背負っている。

 めっちゃ落ち込んでるし……。

『ボク……っていうか、現実世界の高藤優樹はね……原因不明の病が、悪化してねぇ……でも良いときに堕ちたと思うよ? 病の原因……魔力不足っていうオチだったから……』

「は?」

 なんとファンタジーな……え、現実で?

『ウケるよぉ? 魔力を主な栄養にしてるのに、自分で魔力を生成できなかったんだから。現実世界にもはや魔力は満ちていないから……そりゃ、枯渇して死にかけるよねぇ……』

 だから、今こうやって生きていけるわけだけど。

 なんて、優樹は乾いた笑みを浮かべる。

 えっと、魔力不足で死にかけてた?

 なんとまぁ……ファンタジー。

『期待しなよぉ? この世界……パンドラは、ほんとファンタジーだから。魔物との戦争は終わったけど、和解したわけじゃないしね』

「どういうことだ?」

『ボクは魔物に『積極的に人を襲わなくていい』って言っただけだからねぇ……あとは、転生してから知りな?』

「で、その転生なんだけど」

 いつパンドラにいくの? と問えば

『もう、すぐかなぁ……』

 優樹は寂しそうに笑んだ。

『ボクは基本的にここにいるしかできない。せっかくの、久々のお客さんだったのにねぇ……』

 なんて。

 そんなこと言われると……

「もうちょっといてもいいかな、とか思っちゃうんだけど」

『あはは。延長は無理かなぁ』

 カラカラと笑い、優樹は首を傾げた。

『普通のひとは、こんななんもないとこ、早くだしてくれって叫ぶんだけどねぇ』

 不思議そうに首をかしげる優樹。

 それに俺は眉を潜めた。

 や、だって。

「お前いるじゃん」

『ん?』

「こんななんもないとこで、独りだったらそりゃ……早く出たいって思うかもだけど。優樹がいるし? つか、優樹は普段こんなとこで独り……あ、澪夢さんいるんだっけ? なら寂しくないか」

『キミ……優しいんだねぇ……』

 しみじみと頷きながら呟く優樹。

 えぇ……

 俺が優しい? そんな馬鹿な。

『澪夢がここに来たのは……来るはめになったのは、つい最近だよ。十年も経ってない。それまでの何万……いや、何億年っていう時間をボクは独りで過ごしてた。寂しかったけど……まぁ、過ぎたことかなぁ……』

「ん?」

 何億……?

「お前、15才でここに落ちたんだよな?」

『あー……この世界、現実世界と時間の流れ違うんだ。15才で、しかも過去のこの世界に堕ちてるから。案外、時空間なんて曖昧なものだからねぇ……』

「そういうもん?」

『さすがに、黎明期はねぇ……今はそんな、過去に飛ぶなんてできないけどね』

 ボクがちゃんと管理してるし。

そういってから、優樹は腰をあげた。

 足の埃を払い落とすしぐさをし、それから俺に手を差し出す。

『そろそろ行こっか。一番表層へ連れてくよ』

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