第2話 プロローグ2

 

「願いを叶えよ、マジッッッックパワァァァアアアアアア!!!」


『『マジッッッックパワァァァアアアアアア!!!』』


「……なにこれ?」


「いや俺に聞くなよ知らないっての」


 時刻は昼、『修行の間』と書かれた場所に彼らはいた。大きめの間取りの室内に白い道着を纏った、老人から子供まで年齢様々な人々が立て列に並んでいる。彼らの目線は壇上に立つ男へと向けられ、男と同じ言葉を発しながら両手に持った虫眼鏡を高らかに掲げポーズを取っている。


 訓練なのだろう、何度も何度も繰り返されるその光景を部屋の隅で呆然と見ているは、芯に迫る気迫にあわあわと慌て出すサイカイ兵士こと志木 修二と、心底何をしているのか理解できず首傾げる真冬である。


「シュウジ君にマフユ君、新人はまず発声練習から始まるよ。最初恥ずかしがってしまうのは当然だけど、これは君達の夢を叶えるために絶対に必要なことなんだ。さぁ、先生も一緒にやってあげるから、頑張ろう!」


「あ、はい。ほら真冬やるぞ」


「……ん」


 修二達をここへ連れてきた優しそうな雰囲気の男性が2人を列の後ろへと連れて行く。そして列に並ぶ人達と同じように膝を曲げ中腰になるとその手に虫眼鏡を持ち構え、叫ぶ。


『「マジッッッックパワァァァアアアアアア!!!」』


「……かめはめ、はー」


「おいやめろ」


 彼らがなぜ突然こんな場所にやってきて、突然こんなことをさせられているのか、



 話は数時間前に遡るーー。



 *****


「『ユメ叶ッチャウヨ教』ですか、 その教団に騙されたと?」


「だからそうだと言っているでしょう! あの宗教は詐欺師の集団、私たちのことを金のなる木としか思ってないのよ!」


 兵士屯所にある一室にて、モブヨ・ココダケがドンッ! と唯一置かれた横長の机を叩く。40代半ばほどの、ぽっちゃりとした体型とパーマが特徴的な彼女は怒りを表情に出し、唾を撒き散らしながら目の前に座る上級兵士へと怒鳴っている。突然現れた彼女に、上級兵士は困り顔だ。


「事情は何となくわかりましたから、一度落ち着いてくださ--」


「本当に頭にくるのよ! 『夢を叶えられる』だとか都合のいいこと言ってお金を要求してくるの! 私に至っては土地を取られたの、只事じゃないのがわかるでしょう!?」


 話にならない、無精髭を生やした上級兵士は両手を挙げる。この時間は午前の訓練と午後の任務のちょうど中間にある休憩時間であり、兵士にとっては昼夜問わず激務に疲れた体を休めることが出来る唯一の時間である。とんだとばっちりが舞い込んできたとため息をつくしかない。


 そもそも、


「ここ上級兵士わたし専用の個室なのですが、まずは受付に行ってくだされば」


「受付には行ったわよ馬鹿ね。それで対応できないって言われたからわざわざ出向いてやったんでしょうが。国民の私が困っているのだから何とかしなさいよ」


「……我々は何でも屋じゃないんですが」


「いいですか奥さん。我々兵士はあくまで国王の勅令のみ活動を許されるものであって、私の個人的な感情で貴方の依頼を受けることは許されていません」


 いつからだろう。国で唯一武装を許され国民の盾としての威厳と尊厳があったはずの兵士という職が、なんでも屋として扱われるようになってしまったのは。


 掃除、いざこざの対応、機械の修理まで何から何まで彼らの仕事となってしまっている。こういった事態になることも仕方がないと、そう判断するしかないのだ。


「……わかりました、少々お待ちください」


 ギャンギャンと叫ぶだけで話をまるで聞かない彼女に何を言っても無駄だと諦めてしまった上級兵士は、未だ何か喚いている彼女を尻目に部屋の左端にある扉まで移動する。


 彼女の依頼を放り投げたわけではない、彼女の依頼にな兵士がその先にいたのだ。こういった面倒ごとに最も適したその兵士とはーー


「おい、出番だぞ」


「出番? 生まれたての子鹿みたいに足をプルプル可愛く震わせ身動き一つ取れないしゅうちゃんことシュウジさんが出番って、紙相撲でもするんですかね。僕の足に台を乗せていただければ自動バイブレーション機能搭載の最高級土台を堪能できますですよ、5分3000リラから要相談で」


「中身のないことをグダグダ言ってんじゃないぞ、お前に適任の仕事がたった今出来たんだ、起きろ」


「アダダダダダ!! ちょ、やばい最品質になるぅぅ!名人になっちゃぅううううう!」


 4畳ほどの小さな個室で四足歩行の動物がそのまま180度回転したような姿勢で固まっていたアホである。兵士として認められた者のみが身につけることが出来る装備一式の内、なぜか籠手だけを身につけた青年は突然現れ足を強打した隊長の前で蹲る。


 訓練に遅れたにも関わらず、なぜかきっちり整えられていたはずのソフトモヒカンが汗によって垂れてしまっている、


 今年、下級兵士もどきとなった志木 修二その人であった。


「『ユメ叶ッチャウヨ教』? その胡散臭さ100パーセントの教団を調べるのが俺に適任って、面倒ごと押し付けようとしてません?」


「そんなわけがないだろう、理由はちゃんとある。何せお前にはーー」


「ちょっと上級兵士さん、私は『女性の兵士』を連れて来いと言ったはずよ、そんないかにも弱そうなひょろい男なんてお断り!」


「ほら、適任だろう」


「わからんわ」


 モブヨの様子を顎で示しながら隊長はさも当然といったように頷くが、修二には全く伝わっていない。もっと具体的に、そう追求しようとした修二だが隊長はすでにモブヨへと営業スマイルを浮かべていた。


「ご安心ください。彼はただの女性兵士専用『世話係』であり、依頼を受けるは上級兵士同等……いや、騎士と同等の力を持った精鋭でございます。必ずお力添え出来るかと」


「あらそうなの、だったら最初からそう言いなさいな」


「……あーいや、それは無理ですって隊長。というかダメですって、ねぇ聞いて」


 隊長の言っていることを理解した修二が慌てて止めに入るが隊長とモブヨは話を次に次にと進めている。修二が先程までのアホ間抜けな顔から眉をひそめていることすら隊長は気にしていない。


「あいつはそういうことに関わらせちゃダメなんですって何度言えば分かるんですかね」


「言葉をそのままに受け止めるなサイカイ兵士。このクレーマーを納得させるには強い理由が必要というだけだ。後々お前が誘導すればいいじゃないか」


「……つまり、あいつを巻き込まなくてもいいんですね?」


「そういうことだ、お前が考えてる通りに事が運べたらな。なんにせよ俺はこれから任務があるんだ、あとはよろしく頼んだぞ」


「ちょ、待ってください! あいつが手伝う手伝わない抜きに俺も受ける気は無いんですけど、そんな危なそうで面倒そうな仕事誰が受けるかってーー」


「まぁ聞け、この依頼人は財産を奪われたそうだぞ。つまりそれを解決すれば莫大な財産が戻るということになり、しいてはお前さんへの報酬もーー」


「頼まれてしまっては仕方がないことこの上ないですね!大船に乗ったつもりで任せてくださ……はっ!?」


 財産、その二文字には何事にも頷いてしまう魔力があるとは修二の自論である。思わず二つ返事で返してしまった自分に気づいた時には時すでに遅く、隊長は自身の装備を身につけ外に出てしまっていた。


 やっちまったと頭を抱える彼の背中をモブヨが強く叩く。その顔は怒り心頭といった様子ではなく、何かに安心したように薄く笑っていた。


「ほら、早くしなさい世話係さん。騎士クラスの女兵士がいらっしゃるんでしょう」


「せめて下級兵士と呼んでくれませんかね」


「あら、あなたも兵士だったの。そんな見た目だから世話係だけかと思っていたわ」


「なるほど、外見から想像したあだ名だったんですか。それなら構いませんよ……ではとりあえず外に出ますか、肉まん」


「あんた喧嘩売ってんの!?」


 余計な事しか言わないサイカイ兵士の頭にこぶが一つ増えた。


 *****


「いいかしら、『ユメ叶ッチャウヨ教』は『どんな夢でも叶える』と豪語するグス・コレモモブダヨを崇拝するカルト集団よ。その実態を調査し暴いて私の土地を……なによ、早く歩きなさいな」


 駐屯所の個室から離れモブヨは歩くのが遅い修二を後ろに説明を始める中、当の修二は足を止めた。うーんと後ろ頭をかきながら唇を尖らせている彼に嘆息するモブヨに、


「その話なんですけど。彼女はこの依頼受けないと思うんですよね、気難しいし、わがままだし、基本的に動かないやつなんで。だから今日はとりあえず自分が--


「……シュウジ、手伝う」


 請け負いたかったですね」


「あら、可愛い子ね」


 オウマイと天を見上げる修二の裾をいつの間にか掴む者がいた。直前まで修二の方を向いていたはずのモブヨですら気づかないうちにそこにいた少女はシュウジを無表情で見上げていた。真っ青な晴天の、高い高い空を仰ぎ見る修二の顔には未だ彼女は映っていない。


先ほど近くから聞こえていきた声と、裾を握られている感覚が顔を戻した時には実は聞き間違いでしたというオチに切り替わっていることを切に願いながらゆっくりと戻し、


 今朝喧嘩したばかりの銀髪少女と目があった。


「なんでここにいるんだよお前。空気を読むってことを知らない女だよな」


「シュウジが面白……じゃない、難しそうな依頼を受けるって聞いたら、手伝うしかないと思う」


「おい今なんて言いかけた。面白いとは任務のことで、まさか俺のことじゃないよな?」


「そのまさか」


「よし生意気娘表に出ろや、 ゲーム勝負すんぞコラ! コテンパンにしてやる!」


「ん」


「依頼人無視してどこに行こうとしてるの!?」


 突然現れた彼女に嫌そうな顔をしつつも親しげに話しかけ、あまつさえ依頼人を放ってどこかへ向かおうとする修二をモブヨは慌てて引き止める。


「依頼人放り出して異性に逢い引きとはいい度胸ねあなた! 彼女か何か知らないけど仮にも兵士なら仕事を優先--」


「……。」


「おいその『絶対に嫌です』って目をやめろ、泣いちゃうだろうが」


「絶対に嫌です」


「言葉で言えばいいってわけじゃないんだよアホ、あーあ泣いちゃったもう涙が出ちゃったもう! こりゃもう謝ってくれないと止まないわまじ!」


「……じゃあ、ゲームに追加。私が負けたら、謝る」


「俄然やる気が出てきた、さぁ行こうぜ!」


「行くなよ!? 依頼してるって言ってるでしょうが!」


 意外とツッコミというものに慣れが見えるモブヨがぜぇぜぇと息をつく。何故か近距離で話す2人をぐいっと離しながら突然現れた銀髪の少女を怒鳴りつけた。それにむっとした表情をするは銀髪娘である。


「そもそも、なんなのよこの子。私の依頼とは関係のない子なら早く立ち去って貰いなさい」


「え? いや関係はあるんですけど、どう説明したら……ん? あ、いや無いです任務とは全く関係ないんですこの子! ほら見た目からして普通の少女だしょ、どうもお騒がせしましーー」


「えい」


 好機。ポンと手を叩き早口にまくし立て銀髪少女の背中を押す修二。何とかして迅速にモブヨと彼女を引き離そうとしている。何故か焦りも混じった青年の行為に少女は片足を上げそのまま地面へと落とした。単純な、誰もが出来るたったそれだけの行為--


 ゴシャッツ!!


 であれば、激しい効果音も地面が抉られることもないのである。


 踏み抜かれたその細い足を中心に石造りの地面にまるで蜘蛛の巣のよに亀裂が走っている。非常識、非現実的な現象を彼女はまるで小突くかのような感覚で行ったのだ。



「「「…………。」」」



 沈黙が、包む。


 一人はその現実離れした事態に頭の整理が追いつかず言葉を失い、目をパチクリさせ、


 一人は額に手を当てため息をつき、その現実離れした事態を起こした張本人にどんなお小言を言おうかと考え始め、


 一人は、自ら行ったことによる二人の反応を確認し満足気に頷いた。


 三者三様。それぞれがそれぞれでこれからどうするべきかを考える空白の時間、最初に口を開いたのはモブヨであった。


「何よこの子、一体なんなの?」


「……この馬鹿力アホ娘が、その、隊長の言ってた『騎士クラスに強い兵士』こと、真冬ちゃん、です」


「兵士じゃないよ?」


「うるさいな、成り行きでそうなったんだよ。とりあえず今はそういうことにしとけ」


「……じゃあ、手伝っていい?」


「首傾げてんじゃないよ確信犯が。付いてくるだけは許す、でも手伝うことは許さん。ということでバァさん、こいつも連れてきていいでしょうか?」


「え、ええ。こちらからもよろしくお願いするわ……」


「……計画通り」


「お前いつか本気で後悔させてやるからな」


 彼女の実力を見せつけられたモブヨはただただ頷き、2人を『ユメ叶ッチャウヨ教』の本拠地へと連れて行くのだった。

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