サイカイのやりかた
ぎんぴえろ
第1話 プロローグ1
「ね、寝坊したぁぁぁああああああああああ!!」
早朝、とある木造建築の一室で
寝癖だらけの頭をかきむしりながら大慌てで洗面台へと向かい、お湯に変わっていない水に顔を突っ込み無理やり寝癖を直す。18歳にしては低い165センチの身長を少しでも隠すためのソフトモヒカンをつくった。
集合は7時、現在6時45分。向かう先は徒歩30分、猶予などない。目やにや髭の剃り残しなど気にしている余裕などないのか無視しながらも、ソフトモヒカンは気に入らないと今一度水に髪を浸し作り上げた。
「ヤバイヤバイ怒られるドヤされる殺される、訓練に遅れるのだけは本当にヤバイって」
「……。」
「それもこれも、おい!なんで起こしてくれなかったのさ、7時に起こしてって言ったよね!?」
どったんばったんと部屋中を走り回りながら支度をする修二はベッドへ向け声を荒げるが反応はない。
どうして起きれなかったのか、なぜ今焦って準備をしているのか、その全てをベッドですやすや寝ているとある女性のせいであると義憤に満ちた様子の彼だが、
ベッドの主はうだーっと両手を伸ばし、目を開けることもなく手を右往左往させ始めた。今だなんだかんだと文句を言っている彼の声に眉を潜ませつつ、
「……うる、さい」
「めざましッッ!?」
彼女の手から離れた目覚まし時計、修二の顔スレスレを通る。やけに傷だらけかつ頑丈に作られているそれは床に転がりアラームを鳴らした。
「んんんなぁにすんだこの銀髪アホ娘、寝起き機嫌悪いからって物投げるのいい加減やめろや!」
「起こすのが悪い」
「起きないのが悪いんだろ、いや起こさないのが悪いんだろ!」
「……もぅ、うるさい」
むくりと上半身を起こすのは、その不機嫌そうな顔を隠そうともせず丈の合わないジャージの裾で目を擦っている銀髪の少女であった。投げ返された目覚まし時計をあくびと共にキャッチしながら未だ騒がしい青年へ侮蔑の目を向ける。
「昨日起こすって言ったじゃん! なんで起こしてくんないのさ!」
「言ってない」
「言ったっつの、『先に寝るから起こしてくれよ』って!」
「……ほら、時間言ってない」
「あ。い、いやでもお前出る時間知ってたじゃない? だったら--」
「そもそも」
即論破され逆ギレのようになってしまった修二をぴしゃりと止め彼女は、至極今更なことを聞くのだった。
「なんでここにいるの? ここ、私の部屋」
「え? あ、いやぁ、その、それはだね……」
彼らがいるのは六畳の小さな一室であり、そこにあるのはベッドのみ。他の家具は存在せず、そこに人が住んでいる形跡すらまだ真新しい。
そう、ここは彼女一人の部屋である。彼らは付き合っているわけでもなく、同棲しているわけでもない。この男は無断で女性の部屋に泊まり、喚き散らかしていただけである。
「そ、それがその、自分の家の鍵をね、無くしてね、しまいましてね」
「帰って」
「帰れないんだって」
「……ほんと、何したいの?」
「い、いいいいいじゃんかもう! 俺お前の世話係じゃん、ちゃんと世話してるじゃん、泊まるくらいでうだうだ言うなよ!!」
最終的に暴論であった。目から涙を流しうわんうわんと泣き始める彼に彼女はもう相手する気もないのかその体を再びベッドの上に伸ばす。
実際、彼女の世話をすることになった理由そのものすらこの男が原因であるのだがそれすら棚に上げて話を進めるのは、論破されたことが相当頭にきていたのだろう。
「いいか銀髪バカ! 俺はお前の世話係、お前の衣食住も掃除も管理も色々とやってあげてるわけなんだよ。だから俺がここの電気や水道、ガスその他諸々を使うことに関してお前は何も言えないわけであって泊まったことに関しても俺がお前に断りを入れずに……いや入れたんだけど、とにかく朝ここに俺がいても別に普通のことであると言うことであるわけだわかるな? そもそも--」
「シュウジ」
「な、なんだよ、もうお前の反論は聞かないぞ、ちゃんと考えて話してるから絶対ーー」
「……時間、いいの?」
「時間? ぁあああああああああああ!?」
志木 修二は目的が一つしか定められない人間である。彼女を論破してやろうと躍起になると、時間のことなど頭から抜け落ちてしまっていた。彼女の手元に落ちている目覚まし時計はもうすぐ長針が12を刺そうとしている、一刻の猶予もない、いやもうそれすら無い。
「こ、籠手どこいった!? ねぇ、俺の籠手どこ!?」
「別に無くてよくない?」
「馬鹿野郎! 俺が
「ぷっ、髪なんか一々直してるからだよ」
「お前実は最初から起きてたけど寝たふりしてたなこのアホ!! あ、髪……洗面台か!」
遅刻する、慌てふためき起きた身体は装備する唯一の防具を手につかんでいたようだ。彼の職業、下級兵士として唯一もらえた籠手を洗面台横で身につけるともう真冬の方を見ることなく扉へと飛びついた。
「シュウジ」
「なんだよまだ俺を馬鹿にしたり無かったのか。俺は急いでるって何度も言ってるだ--」
「……おはよう。それと、いってらっしゃい」
ベッドからいつ抜け出したのか、扉の近くまでやって来ていた真冬は手のひらを修二へ向け挙げていた。ずるいと、修二は思う。表情は変わらず無表情のままだとしても、そうちょっと仲の良い友人同士がやる仕草を求められてしまえば怒る気などすっと消えてしまうのだから。ぽりぽりと頬をかき、緩みかけた頬を引っ張りながら手を合わせ、なんてなと言う。
「何が目的だ?」
「昨日これしたらロールケーキ買って来たから、また買って来て」
「物乞いの送り迎えにご馳走はないんだよこのアホ!」
「……ちっ」
この自己中心女がそんなことを考えなしにするわけがないことを修二は3ヶ月でとっくにわかりきっていたのだ。基本的に寝ることと食事しか考えないこの銀髪の女が考えることなどお見通しであった修二はなぜか流れそうになる涙をなんとか堪えながら訓練場へと向かうのだった。
そして、
結局訓練に10分遅れた彼は、日が真上に到達するまで走らされるのだった。災難続きである。
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