5話 戦野懐古
当時一等兵だったジョシュアが戦地に来たのは紛争の終わり際だった。戦闘斥候の捜索連隊に属する彼は軽装甲車、つまり
ジョシュアの手柄というのは、霧の深い日のことであった。
「だーめだこりゃ。何も見えん」
「小隊長殿、他の車輌も見つかりませんか」
「見つからん。なんせ敵の斥候と遭遇しててんでバラバラに逃げたからな」
顔から双眼鏡を離す陸軍曹長ユージン・マッケイン。通常小隊長は少尉か見習士官と相場が決まっていたが、下級将校不足の折、叩き上げで優秀な下士官の彼が小隊長に抜擢されていた。日焼けした巨躯を車内に滑り込ませ、無線をいじくるジョシュアを覗き込んだ。彼は焦げ臭い無線機としかめっ面で格闘していた。
「直らんか」
「小銃弾がめり込んでて配線がズタズタです。自分の手ではどうにもなりません」
「増加装甲を要請すべきだな。まあ実施されるまでに戦争は終わるだろうが」
ユージンは腕の夜行方位磁針を見る。大方の方向を方位で定めて帰還するしか手がなかった。
「仕方ない、磁石に頼って本部に戻るぞ。運が良ければ日没までには帰れる」
「わかりました」
「霧で視界が効かない、俺が指示する通りに動かせ。低速進行」
65馬力ディーゼルエンジンが唸る。濃霧の中を仔象のようにノロノロと軽装甲車は進んだ。
小一時間ほど進んだだろうか、100メートルばかり先に大テントの影が現れ、国際救護標章たる赤十字の色が認められた。
「ウォーカー、病院だ」
「病院?この地区で展開してる三十三野病はずっと後方ですが」
「磁石も壊れたかな。とにかく本部への道を聞こう」
トリブ軍の赤十字章は他国より細い線で構成されていて、そのテントにも細い赤十字章が描かれていた。だが、近づくにつれ別の徽章が描かれた旗が目に入った。それに履帯とエンジンの音を耳にして出てくる兵隊もトリブの軍服を着ていなかった。ユージンは見慣れない旗の意味に気づき砲塔を叩いた。
「敵だ!ウォーカー敵だ!後進!」
「うわうわうわ!」
しかし慌てたジョシュアは後進どころかギアを上げてしまう。加速する装甲車の車体を敵弾が滑った。
「馬鹿!後進だ!」
「間違えました!」
「間違えたで済むか!くそ、そのまま止まるな!」
ユージンは砲塔に収められている機関短銃を取り群がる敵を撃った。放たれた弾は手榴弾を投擲しようとする敵兵に当たり、その場で爆発した。大きな被害は受けなかったが破片が飛び、ユージンの頬を切り裂いた。
「大丈夫ですか⁉︎」
「大丈夫だ!爆風浴びただけだ!」
テントを潰し、敵軍旗と将官旗を折りジョシュアは停車させた。操縦席のスリットからは多数の傷病患者が包帯をして横たえられているのが見えた。目の前に衛生兵と軍医に囲まれる中年の男が腰を抜かしていて、でっぷり太った腹に包帯が巻かれていた。側には装飾された杖が落ちている。
「将官だ!」
ユージンは叫ぶやいなや踊り出し、銃を向ける警護兵に拳銃を乱射したちまち将官を掴み上げた。
「人質を取ったぞ!ウォーカー早く降りてこい!」
ジョシュアはユージンが残した機関短銃を取り下車した。震える手で銃を構えると敵は皆一様に手を挙げた。
『降伏するか!』
ユージンは敵将の肉のついた頬に銃口を押し当て、流暢な敵国語でまくしたてた。敵将は怯えながら頷くと配下の兵たちに武器を捨てさせるように言った。野戦病院だからか武器は少なく、幾らかの小銃拳銃や手榴弾などが並べられた。銃剣も並べられ、黒染めされた剣身にジョシュアは唾を飲む。
「ウォーカー、無線機があるそうだ。ここの位置を聞き出したから味方を呼べ。ヨト地区縦37横81付近だ」
「じ、自分一人でですか⁉」
「誰も取って食やしないよ行け!あっちだ」
ジョシュアは指差す方へ走った。こちらは銃を持ち相手は武装解除されているとはいえ、敵兵の群衆をかき分けるのは生きた心地がしなかった。無線の周波数を合わせるのに手間取り、敵の通信兵が教えてくれる始末。むしろ彼らの方が降伏し戦い終わった気安さがあった。
「あっほんとに味方だ。どうもありがとう」
『いえどういたしまして』
言葉は解らないがなんとなく礼を言い合い、本来なら味方の無線が傍受されていたことに怒らなければならないのかもしれなかったが、自称不良兵のジョシュアはそんなことは頭に浮かばなかった。
「ハチコー33456、ハチコー33456、捜索五連隊連隊本部か?こちら第三中隊第二小隊隊長車、ウォーカー一等兵。ヨト地区縦37横81付近における敵野戦病院を占領、敵は降伏した!至急応援頼む!」
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