第5話 常軌を逸している
今現在、私と店長の二人はテーブル席に座っている涙花ちゃんの向かい側に座って話を聞く態勢をとっている。よくよく考えたら、いやよく考えなくても、聞き上手の店長がいた方が雰囲気も柔らかくなるし、涙花ちゃんもリラックスして話せるだろうということで、私が提案したところ、
「…愛川さんは、いてほしい、かな……」
と、言い方は控えめではあるが、涙花ちゃんにしてはかなり強い意思を感じるお言葉を頂いた。そりゃそうだよね。なんか自惚れてたね私。
しかし、私と店長以外の人には万が一にも聞かれたくないということで、店の入り口にある掛札を開店中から準備中へと切り替え、今お客さんは入ってこれないようになっている。そんなことしなくてもこんなシケた喫茶店誰も来ないよ、と私が言ったら、「私お豆腐メンタルなんだけど!?」とかなんとか言ってまた店長が泣いちゃったけど。まぁ店長のこと泣かすのが私の生きがいみたいなとこあるからね。いくらでも出てきちゃう、こういう言葉は。
そんなこんなで、話を聞く準備ができたわけであるが。涙花ちゃんはやはりまだ決心がついていなかったのか、暫くただ俯いていたが、やがて伏せられた瞳がゆっくりと持ち上げられ私たちに向けられる。
「…本当に、誰にも言わないでくださいね……?」
涙花ちゃんが最終確認と言わんばかりに濡れた子犬のような目で私たちを見つめてくる。私たちもそれに対し、強く頷いた。
「それに関しては絶対に大丈夫だよ。ねっ、カナノちゃん!」
「まあ私たち友達いないしね」
「あははっ、それね!」
頬杖をつきながら答える私に、店長が笑いかける。店長ってなぜか自虐に対してはめっちゃノリ良いんだよね。
私たちのやり取りによって先ほどの静寂による緊張感が幾分か和らぎ、私も一安心する。別に真面目な雰囲気が苦手というわけではないが、かと言って好きなわけでもないため、和らぐに越したことはない。
涙花ちゃんはウルウルした瞳を私たちから外し、目の前にあるココアに向けながらポツリと呟く。
「じゃあ、すみません…。まず実際に見せますね……」
その言葉を聞いて、私と店長は顔を見合わせた。……見せる?私はてっきり何かつらい事があったから話を聞いてもらいたいとかそういうのだと思っていたが、一体何を見せられるのだろう。え、どうしよう。これでもし、おもむろに制服をバッ!と捲り上げて背中にいっぱいの昇り龍の刺青とか見せられたら。そんな重たいもの受け止める覚悟なんて勿論持ち合わせてないけど。さすがにそれは無いとは思うけどね。
見せると言われ、私と店長の視線は、自然と彼女に釘付けになる。私たちにガン見され、彼女は少しだけ居心地が悪そうに身を捩った後、完全に下を向いてしまう。表情が見えなくなり、私たちが心配そうに見つめていると、
「……うっ、うぅ……」
彼女の肩が小刻みに震え始め、嗚咽を漏らすような声が聞こえてくる。……ん?え?また泣いてる?しかも今度は結構ガチめに……?
私と店長が呆気にとられていると、涙花ちゃんも段々とヒートアップしていき、そして、
「う、うわああああああああぁん!」
人目も憚らず、大きな声でガチ泣きし始めた。
……え、何で?何でこのタイミング?ていうか、そもそも何で泣き出した?え、分からない怖い。
突然大声で泣き始めた涙花ちゃんに、私はただ黙って見ていることしかできず、隣にいる店長は、「え?え?」と呟きながらおろおろしている。本当にどうして急に…。
…あれ、でも確か涙花ちゃん、実際に見せるって言ってたよね。ということは、自分の泣いてる姿を見せたかったってこと?……でも何で?
頭の中が、何で?で埋め尽くされている間にも、涙花ちゃんが泣き止むことはなく、目からは大粒の涙があふれ続け、テーブル席を濡らしていく。それどころか、彼女の涙はテーブル席にとどまらず、店のフローリングをも濡らしていき……。
「…………え?」
私の口からは、私の意思に関係なく、本当に無意識のうちにそんな声が漏れた。
……いや、ちょっと待って。待ってくれ。なんだ、これは。何が起こってる?
今、目の前に広がっている光景は、本当に、現実?私は今、夢を見てるのか?
常軌を逸している。いや、これはもはや常識でも何でもない。ただの悪夢だ。
私は、思わず自分の目をゴシゴシと強く擦る。漫画などでよく見る動きだが、こうせずにはいられない。というか、信じたかった。目を開けたら、いつもの、物静かだけど素敵な笑顔を咲かせる涙花ちゃんがいることを。
私は、ゆっくりと目を開ける。そして、先ほどと何も変わらない光景に、こめかみに手を当てるとともに、悟った。
あぁ。この世界、私が思っていた以上に、イカれてたんだな。
あの…、すみません。
涙花ちゃんの目から、普通の人間では考えられないくらいの涙が、滝の如く流れているんですけど…。
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