第11話 友だちは恥ずかしがり屋
うさみ :だめだった
授業が終わって席から立ち上がると、宇佐美からのLINEが届いていた。
佐谷賢一:は?
うさみ :いや、だって……
佐谷賢一:まあ仕方ないか
佐谷賢一:すぐできてたらここまでこじれてないもんな
うさみ :こじれてない
佐谷賢一:はいはい
俺が作らされたタイムスケジュールを元に、宇佐美と鷺坂さんに共通する空きコマを見つけて、サークルの部室に向かわせたのだ。
ところで、俺(か内川)もなしにふたりだけ放っておいても会話が生まれる確率なんて0%だ。これは間違いない。あのふたり、恥ずかしがりすぎなんだよ。
佐谷賢一:で、話せなかったんだな
うさみ :はい……
宇佐美と鷺坂さんには、彼らの思い出の品を持たせた。ふたりがはじめて出逢った日の、思い出の二冊だ。
ふたりが出逢ったのは、ここの大学の受験の日だった。宇佐美が鷺坂さんに惚れた要因は、間違いなく、彼女が休憩時間に読んでいた漫画だったという。ちなみに内川経由の情報によれば、鷺坂さんも「ティシュの人」というよりは「休憩時間に小説読んでた人」の印象の方が強いらしい。お前らどうなってんだ。でもよかったな。
そういうわけで、当時に相手が読んでた本を今度は自分で部室に持ってきて読めば、多少は話も弾むんじゃないかと思って提案したんだけど。
やっぱりダメだったみたいだ。
佐谷賢一:まあ、過ぎたことを悔いてもしょうがない
佐谷賢一:明日も共通の空きコマあるみたいだし
佐谷賢一:がんばれ
うさみ :うう……
# # #
うちかわはるか:そっか
うちかわはるか:今日もうまくいかなかったんだ
ミキ :うん
ミキ :ごめんね
うちかわはるか:どうして謝るのよそこで
ミキ :だって
ミキ :せっかくはるかちゃんと佐谷君が
ミキ :色々してくれてるのに
ミキ :わたしなんにもできなくて
うちかわはるか:いいんだよ
うちかわはるか:あいつもあたしも勝手にやってることだし
うちかわはるか:ほら、明日はあたし達も一緒に行けるから
うちかわはるか:がんばろ?
ミキ :それがね……
* * *
佐谷賢一:は?
佐谷賢一:3巻までしかないから明日で読み終わっちゃう?
うさみ :そうなんだよ
佐谷賢一:そうなんだよじゃないよ
佐谷賢一:そういう大事なことは先に言っとけ
うさみ :だから今言ってるじゃん
作戦を始めてから2日目の夜。
今日もだめだったという報告を受け(ほんとにこいつら仲良くなる気あるのか?)うーんと唸っていると、更にこんな情報が降ってきた。
なんでも、漫画の方も小説の方もそこまで有名作じゃないから、どっちも第3巻が完結作らしくて。
1日1巻ペースで持って行って読んでるから、明日で終わっちゃうと。
……いや、なんでやねん。
1巻が一番話しかけやすいでしょうが。なんで初日の段階で決めとかないんだよ。
というか「読んでるよ~」ってポーズをしとけばいいのになんで真面目に読みふけってるし……ってまあこれは仕方ないか。そこに本があれば読んじゃうもんな。
幸い、明日は4人とも被っている空きコマがある――そこでなんとかするしかないか。
翌日。
「おつかれさまでーす」
宇佐美と一緒に部室に入ると、もう女子ふたりは中にいた。
内川はこちらを見ようともせず知らんぷり、鷺坂さんはこっちを見て宇佐美がいることに気付いて慌てて目を逸らしてた。いや。さすがにそろそろ慣れて。てか強制的にこれから慣らすぞ。
さて、まずは。席が重要だ。
会話が成立するくらいの距離のところに陣取る。飲み物用意してっと……さーて今日はどれを読もうかな、と本棚に向かって考える。決してこの後の展開難易度の高さを忘れようとしているわけではない。
君に決めた! と本棚の一冊を取り出し、しばらくは物語の世界を堪能する。
俺の意識を引き戻したのは、ポケットに入れっ放しだったスマホの振動だった。
内川が、周囲に悟られないくらいに眉根を下げ、こちらにじわーっと視線を送ってくる。
うちかわはるか:ねえ
うちかわはるか:30分経っちゃったわよ
佐谷賢一 :どうすんのって……
佐谷賢一 :介入するしかないだろうな
佐谷賢一 :そっちが
うちかわはるか:なんであたしなのよ
うちかわはるか:作戦言い出したなら責任持ちなさいよ
佐谷賢一 :だって
佐谷賢一 :次そっちの番だし
あーこれ気分いいな! 最高!
仕事押しつけるの最高だわ。ストレスフリー。
うちかわはるか:……
うちかわはるか:覚えときなさいよ
ぽんこつふたりをくっつけるまでに、俺はいったい何個の事柄を覚えなくちゃいけないのかな。
「……ねえ、宇佐美君」
「はい?」
「その漫画、おとといから読んでるよね?」
「……へ、あ。うん、そうです」
いやいやいやちょっと待て。なんでお前がダイレクトに聞くねん。
そしてもっと突っ込みたいんだけど。内川お前おとといは宇佐美と顔合わせてないはずだろ。設定ちゃんと考えろ。
やばいと思ったのか、それきり黙り込んでしまう内川。おい、それが一番まずいだろ。
佐谷賢一 :おい
うちかわはるか:ちょとミスっただけ!
うちかわはるか:ちょっと
佐谷賢一 :あのなあ
「それ、あたしも好きなんだよね、実は」
「そ、そうなんですか?」
いやだから内川、お前の話を広げてどうすんの。
「もともと実紀か――」
「あ、あのっ!」
やっと。
やっと、鷺坂さんが動いてくれた。会話に首を突っ込んでくれた。彼女にしてはやや大きめの声で、それも内川の言葉を遮るように。彼女にとっては、だいぶがんばった方だろう。
「わたしも、好きです」
宇佐美の方をまっすぐに向いて、目を合わせて、改めて宣言する彼女。
でもこれ、きっと宇佐美は誤解して――ほら。顔真っ赤にしてる。
「へ、は、ぴゃ、その」
口ぱくぱくさせてるし……ほら落ち着け。
「えー、いいなその偶然。みんなその
「佐谷くんも読むといいと思うよ! 面白いから。すっごくいいから!」
これは内川さん。なんか俺と相談してるときとは声音が全然違ってこわい。
「そっか。ありがとう」
俺の棒読み発言でやっと気付いた宇佐美が、慌てて取り繕った返事をする。
「あ、うん。僕もすっごい好きで」
今度は鷺坂さんがフリーズする番だった。今日び小学生でもこんなんならないでしょうに。
ふたりをくっつけるまで、俺たちはまだまだたっぷり苦労させられそうである。
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