第9話 元カノとLINEグループ

 午後。

 講義を聞きながら、スマホをいじる。

 どうやら大学の教員というものは、学生がスマホをいじっているくらいではいちいち文句を言わないみたいだ。大きい教室だと特に。まあ注意してもキリがないだろうしな。


   佐谷賢一   :おい

   佐谷賢一   :俺に言わせただろ


 わざわざ授業中にこそこそやるからには、ちゃんと理由がある。

 そう。俺は文句を言わなければならない。内川に。


   うちかわはるか:何の話かしら

   佐谷賢一   :とぼけんな

   佐谷賢一   :偶然偶然連呼してただろ

   うちかわはるか:それこそ偶然よ

   佐谷賢一   :白々しいなあ

   佐谷賢一   :って。

   佐谷賢一   :俺が何を問題にしてるかは認識してるじゃんか

   うちかわはるか:まあ


 あいつはどんな顔してスマホを操作してるんだろな。

 ぐぬぬと歪んでいるのか、それとも俺に責められることくらいは織り込み済みなのかは興味がある。

 まあ、今はどっちにしろ教室も別だしわかんないからいいや。


   佐谷賢一   :でですね

   佐谷賢一   :認めていただいたところで

   佐谷賢一   :ひとつ約束

   うちかわはるか:約束?

   佐谷賢一   :というか契約?取り決め?協定?

   佐谷賢一   :を交わしたい

   うちかわはるか:はあ?


 顔を合わせてたら「あんた何言ってんの?」と言われてそうな感じがする。


   佐谷賢一   :えーと

   佐谷賢一   :俺はさっきな、俺とそっちとの共通の目的のために

   佐谷賢一   :あんまりやりたくないことをやらされたわけだ

   うちかわはるか:あんたが勝手に言ったことでしょう

   佐谷賢一   :でもどっちかが言わないといけなかったんだよなあ


 ね。「4人で一緒のサークル入ろう」ってね。

 こいつは会話の流れをちょっと歪めて、俺が言うように仕向けてきた。


   うちかわはるか:それで?

   佐谷賢一   :俺ら、別に仲良くしたいわけじゃないだろ


 俺たちの目的は、馴れ合うことじゃない。仲良しグループを作ることでもない。

 俺たちふたりの共通の目的は、「宇佐美と鷺坂さんをくっつける」ことだけ。俺と内川が協力しているのも、ただこの目的を達成するための手段にすぎない。


   うちかわはるか:そうね


 本当なら、今こうやってLINEのやりとりをしているのもおかしいのだ。

 もう顔を合わせることもないと思っていた元カノと、これ以上心理的距離を縮める必要はない。


 ――きっと、それはあっちも同じはず。

  

   佐谷賢一   :だからさっきのはあんまりやりたくなかったんだ

   うちかわはるか:?

   佐谷賢一   :失礼

   佐谷賢一   :重複してた


 いけないいけない。考え事してたらチャットの方に打ち込んでた。あぶねえ。


   うちかわはるか:で?

   うちかわはるか:協定って?

   佐谷賢一   :ここに協力関係にあるふたりがいる

   うちかわはるか:ええ

   佐谷賢一   :ふたりのタスクを進めるためにやらなきゃあかんことがある

   佐谷賢一   :しかもそれはすすんでやりたくはないことときた


 なんだろ。ルームシェアでのゴミ捨てとか家事とかに近いのかな。


   うちかわはるか:はい

   佐谷賢一   :交互にやろうぜ!


 とりあえずこの条件呑んでくれ。俺はな、今な、そっちに押しつけたくてたまらない仕事をひとつ見つけてしまったんだ。


 既読はついた、が。返信がぴたりと止まってしまった。

 やりとりはぽんぽんスムーズにやってたから、単純に向こうで考え込んでるんだろう。俺の発言の裏を。

 まあこれ、使い方によっては「相手にタスクを押しつける手段」としても使えるからな。でもそれ考慮に入れても、取り決めをしておいた方が全体としてスムーズに回ると思うんだ。


   うちかわはるか:いいわよ

   佐谷賢一   :よしきた


 よし。きた。じゃあ、頼むよ♪


   佐谷賢一   :じゃあ早速なんだが

   うちかわはるか:細かい取り決めは後でちゃんとやりましょう


 あぶね。予防線差し込まれるとこだった。なんだかんだこの女油断も隙もないぞ。


   佐谷賢一   :よし勝った

   うちかわはるか:何よ勝ったって

   うちかわはるか:勝利も敗北も決めた記憶ないから

   佐谷賢一   :いや俺のレス

   佐谷賢一   :上に表示されてる

   うちかわはるか:関係ないでしょ

   佐谷賢一   :つまり早い

   佐谷賢一   :ふつう下の人が話譲るでしょ

   うちかわはるか:あたしの案件の方が大事なやつだから

   佐谷賢一   :俺のは放課後までにやらなきゃいけないんだが?

   佐谷賢一   :どっちが緊急性高いと思う?


 なんでスマホ越しにこんな舌戦――じゃないか指戦か。を繰り広げなきゃいけないんだよ。しかも授業を聞きながら。割と重労働だなこれ。

 とはいえ。なんとかこっちに有利な形に持って行けた。これは勝っただろ。


   うちかわはるか:なんなの

   うちかわはるか:言ってみなさい

   佐谷賢一   :いや、放課後ラブコメ研行くんだろ?

   うちかわはるか:それはそう

   佐谷賢一   :待ち合わせ、どうすんの?

   うちかわはるか:そりゃ


 食堂の時は偶然でよかったけど、今度は偶然で済むものでもない。

 そして、ぽんこつコンビからの目を考えると、俺と内川が個人的に連絡をとって待ち合わせというのも避けたい。


   うちかわはるか:そういうことね

   うちかわはるか:どうすればいいの?

   佐谷賢一   :話が早くて助かるよ

   佐谷賢一   :4人のライングループを作ってくれ

   うちかわはるか:え

   佐谷賢一   :そっちの番だ

   佐谷賢一   :約束したもんな?


 よーし。うまく踊ってくれて気分がいい。


   うちかわはるか:あんたねえ……

   佐谷賢一   :俺の陽キャ成分はもう絞り出し切ったから

   佐谷賢一   :よろしくな

   うちかわはるか:許さないから

   佐谷賢一   :怒るのは勝手にしてくれ

   佐谷賢一   :でもちゃんと仕事もしてくれよ?

   佐谷賢一   :あのふたりを円滑に近づけるためだ

   うちかわはるか:わかってるわ

   うちかわはるか:それはそう

   うちかわはるか:でも

   うちかわはるか:それはそれとして

   うちかわはるか:後で、覚えときなさいよ


 おお、こわいこわい。

 何されちゃうんですかね。



 2分後に、続きが来た。


   うちかわはるか:ねえ

   佐谷賢一   :何すか

   佐谷賢一   :まだ覚えてるけど

   うちかわはるか:「うさみ」で合ってる?

   佐谷賢一   :合ってるよ宇佐美なんてひとりしかいないよ


 ほどなくして、グループへの招待が届く。


   <うちかわはるかがうさみ, ミキ, 佐谷賢一を招待しました。>

   <佐谷賢一が参加しました。>

   <ミキが参加しました。>

   <うさみが参加しました。>


   うちかわはるか:つくっちゃいました

   うちかわはるか:同じサークルになるんだし

   佐谷賢一   :ありがとう!


 こうして、内川命名によるところの「うさうさ」グループが結成されたのだった。


 にしても。なんでかわいい系の名前なんだ?

 かわいいの、ふたりしかいないじゃんか。

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