第8話 元カノとサークル選択

 帰りの電車に、宇佐美と一緒に乗り込んだ。

 さて。家だと色々やりたいこともあるし、早めに業務連絡は済ませておこう。


 そう思ってスマホを取り出しLINEを開くと、ちょうど内川からのメッセージが届いた。


   うちかわはるか:で、どうするの?


 なんでこう、ぴったりのタイミングなのかねえ。すぐに既読つけちゃったじゃん。


   佐谷賢一   :方針決めないとな


 とりあえず、ひとつ、確認しないといけないことがある。

 本人たちの――宇佐美と鷺坂さんの意思だ。サークルを自分で決めたい度というか、それとも相手が決めたところに合わせるのでもいいのかどうか。

 ……そういえば、俺はサークルについては宇佐美についていく気でいるが(手伝うこともあるし)、内川はどうなんだろな。まあいい、そっちは知らんわ。あいつの学生生活なんだから勝手にすればいい。


   佐谷賢一   :まだ鷺坂さん隣にいたりする?

   うちかわはるか:まだ宇佐美君一緒にいるわよね


 なんでこう、シンクロするかなあ。

 こうなりゃ、確認したいと考えてることも一緒だろう。


   うちかわはるか:確認しましょ。どれくらい選びたいのか

   佐谷賢一   :[スタンプを送信しました]


 話が早くて助かるんだけど、それ以上に居心地悪いというかむかつく。

 ……まあそれはおいとこう。


「宇佐美」


「ん?」


「まあさっきの続きなんだけどな。サークルどうすんの。鷺坂さんと一緒のとこにすんの?」


「さ……さぎ……」


「はいはいいちいち過剰反応しない」


「しかたないだろー……」


 一周回ってかわいく見えてきた。いけない。

 

「さっき2択までは一緒ってことわかったじゃん」


 まだ頬を少し赤くしたままの宇佐美が、こくりと頷く。


「ということは合わせられる可能性が高いわけじゃん」


「うん」


「実際、どれくらい合わせる気持ちあるの?」


「あわ……あわわ……」


「お前もうわざとやってるだろ」


「まあ、ちょっとはね」


 ちょっと本気なのかい。


「んーと。まああの2つどっちでもいいってか、ほんとうはどっちも入りたいくらいだよ」


「どっちも入れば完璧じゃん」


「キャパオーバーで死ぬわ」


「宇佐美でも?」


 お前なら授業は手を抜いてても余裕でしょ。なんなら講義出なくてもたぶんこいつはなんとかする。


「物語を書くのって時間かかるんだよ。サークル入ったらやっぱり会誌とかには出したいな」


「そういうもんか」


「うん」


「あ、今のは『色恋優先するんだな~』って意味だから」


「ちがっ……!」


 またあわあわし出した宇佐美は放置しておいて、スマホの画面に視線を戻す。


   佐谷賢一   :割と合わせる感じだ

   佐谷賢一   :あの2つならどっちでもって

   うちかわはるか:あら

   うちかわはるか:こっちもよ


 うへー。

 宇佐美か鷺坂さんかどっちかのサークルに関する意思が堅ければ、俺たちの仕事が減るものを……

 どっちも「相手に合わせる」って、これ俺たちががんばらないといけないやつじゃん。


   佐谷賢一   :どうしよう?

   うちかわはるか:相談させるしかないわよね

   佐谷賢一   :半分の確率引きに行くのは?

   うちかわはるか:それはなし

   うちかわはるか:ちゃんと仕事してよね


 どっちも2択だから、同じサークルに入る確率は2/4。すなわち1/2である。

 正直、内川と組んでいなかったら、俺はこっちの道を選んでいたかもしれない。


   佐谷賢一   :だよなあ

   うちかわはるか:だから、相談させるしかないわね

   佐谷賢一   :あのふたりに……


 顔見合わせただけで赤くしてそっぽ向くふたりの間に会話を成立させろってことなんですよね。

 なんだこの無理難題。

 ……ひとつだけ、作戦があるといえばあるんだが。やりたくない。でも早くしないと4月終わってゴールデンウィークに入っちゃうしなあ……うーん。


   佐谷賢一   :あんまりやりたくないから対案があれば出してほしいんだが

   佐谷賢一   :明日の昼、というか2限空いてたよな?

   佐谷賢一   :一個だけ作戦ある


 * * *


 結局、俺の作戦を実行することになってしまった。

 まだ学食が混んでいない時間帯――11時半頃。4人席を確保して、そこに俺と宇佐美、内川と鷺坂が座る。食券売り場で偶然出会う演出にはなかなか骨が折れたよ。


「いやー、偶然だね!」


 これは内川。今度からこのモードのこいつは内川さんと呼ぶことにしよう。


「ほんとほんと。同じクラスなのに、初日以来あまり話す機会なかったもんね」


 宇佐美と鷺坂さんはフリーズしているから、自然、俺と内川さんが場を回すことになる。やだなあ。


「履修……はもう決めちゃったか」


「そうだね。俺1限からが週3もあるよ」


「えー、大変だね!」


 なんだこの白々しい会話。不毛だ不毛。本題に行こう。


「ふたりはサークルとか、もう決めた?」


「うーん……あたしは実紀と一緒のとこにしようと思ってるから」


 あ、そうなのか。


「鷺坂さん……?」


「ひゃ……! はい! なんでしょう!」


 宇佐美と向かい合ったまま、カレーをぎこちない動きで口に運んでいた鷺坂さんがこちらをぴくんと跳ねる。隣の宇佐美も身じろぎしたので、たぶん意識が戻ってきている。


「いや、サークルどうするのかなって思って、あ、嫌だったら全然いいんだけど」


「べ、別に嫌だなんてそんな……」


 ちらっと宇佐美の方を見てから、消え入りそうな声で鷺坂さんが告げる。


「その……漫画研究会か、ラブコメ研究会に入りたいな、と……」


 ほら、今だよ宇佐美。チャンスだから。突っ込め。いけ。話すんだ。そこだ!


「へー!」


 おーい宇佐美。これだけお膳立てしたんだからちょっとは男気出せや。


「じゃあ内川さんも同じところ入るんだね」

(宇佐美が再起動するまで会話つながせろ)


「え? あ、うん。そんな感じ……」

(いや無茶よ、何させてくれてんの)


 やっぱ無理か。仕方ない。


「俺も実は宇佐美と一緒のとこにしようかなって思っててさ。びっくりしちゃった。だって候補同じなんだもん。な?」


 隣に座る宇佐美の肩を強く叩く。ぼさっとすんな。


「へ? うん! そう、びっくり!」


 及第点かな。


「ほんとびっくりだよね」


「えーすごい偶然!」


 内川さんが心にも思ってないだろうことを言う。昨日確認しただろうが。


 そして、偶然偶然ばっかり言ってても話が進まない。

 えーこれ俺の口から言うの……やだ……でもターン的に俺だし他のふたりには期待できない……うう……


「ねえ、せっかくだし、4人で一緒、、、、、のサークル入らない? クラスもサークルも一緒だと楽しそうだし」


 俺のどこにこんな社交性が眠っていたのかわからないけど、ありったけの陽キャパワーをかき集めてがんばって照射する。

 自分でもうさんくさいことこの上ないが、内川は協力者だし鷺坂さんは宇佐美という理由があるし宇佐美だって断る理由がない。陽キャパワーなんてなくても、通ることが確実な提案ではあった。


 ほら。

 内川の顔が一瞬だけうへえと歪んで、すぐに笑顔に戻る。


「そうだね! せっかくだもんね! どっちにしよっか。実紀はどっちがいい?」


「宇佐美も、どっちの方がいいとかあったら先に言ってくれよ」


 ぽんこつコンビは「一緒のサークルに入る」ということに対して頷くのがやっとで、意見を出せる状態ではなさそうだ。


「えっと……」


「どうしよっか」


 内川さんと目を見合わせてしまう。嫌だったのですぐ逸らした。やっぱり話が進まない!




 結局、この後1時間くらいかけてなんとか、ラブコメ研究会に入る方向で話がまとまった。

 夕方、授業が終わったら、みんなで行くことになった。

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